パップー君は村の人が“かべ”と呼んでいるところに歩いてきました。
そこはもうずいぶんとむかしにつくられて、今ではもうなんのためにあったのかもわからないけれど、ずっとずっと南から北へ長くのびている石のかべのことです。
パップー君ははじめてここへ来たときのことを思いだしていました。
「三角帽(さんかくぼう)はちかごろいないな・・。」
パップー君がここへはじめて来たのはまだ字もよめない小さなころのことです。
あんまり小さいうちは池にはまってもいけないので、おとなはなるべくとおくへ行かせないようおどかします。
“かべのほうへ行っちゃいけないよ。あのむこうにはこわいところがあるんだから。”
だけど、だからよけいにこどもは行ってみたくなるのです。
そして、かべのところでこわいかおをしたおとなに会ったのです。
でもパップー君にはその人はちっともこわくなく、へんな人だけれどおもしろい人だと思ったのでした。
その人は三角の黒い帽子をかぶったかみの長いせのひくいおじさんで、ひげがぼうぼうはえていました。きっと見た目にはこわい人なんだろうけど、パップー君はおくのほうの黒水晶(くろずいしょう)みたいな目が、のじかみたいだなあと思って、思わずみつめてしまったのでした。
パップー君はきいてみました。
「このかべはずっとつづいてるの?どこまでいってもかべがあって、むこうへは行けないの?」
三角帽はじろっとみるといいました。
「このかべは“ただそれだけのかべ”っていって、たいしたことはない。」
「ふーん。」
パップー君がそれでもなんとなくかおをみつめているので、三角帽はきまりがわるくなってつけたすようにまたいいました。
「どこまでもあってとても高くて、とてもじゃないむこうへ行けそうにないだろう?」
「うん。」
「だからこのかべにはこう名まえがついている“ただそれだけのかべ”って。」
「うん?」
「ぜったいにむこうへ行けないように見えるかべはほんとうはこんきよくあるいてってみるとあながあいていたり、くずれてたりする。“ただそれだけのかべ”ってことさ。」
「そうなんだ。」
「よっくおぼえときな。」
「うん。」
そういったきり、三角帽はパップー君がかべにそってあるきだすのをだまって見おくっていました。
そしてそのことばどおり、こどもの足でもしばらくいくとそのかべにはわれめがあってなんなくそこから出て、パップー君は“ただそれだけのかべ”のむこうのけしきをながめたのでした。
そこにはこちらがわとおなじような、でもとてもうつくしい丘がつづいていて、草が太陽に光って風になびいていました。パップーくんはすっかりそのけしきが気にいって、星のウラへ行くときはいつもそこをとおるようになりました。