空を歩く

GIFT《5:蓮》〜マヤ紀行2001〜

 山道をずいぶん行って気持ち悪くなった人もいたりしながら、トニナに近いオコシンゴ村に着いた。村っていうのでほんとに小さな、道も舗装されていないようなところかと思っていたらどっこい、車も人もたくさんで店もある。
 村の中心部には広場があって、面白いくらいきれいに刈り込まれた木にぐるりと囲まれていて、揃いの民族衣装を着た女性たちがたくさんいた。
 こんなところまではなかなか遠くて、あまり見るからに外国人という人種は来ないだろう、と感じさせられた。異邦人の団体御一行様。写真なんか撮って誤解されて袋だたきにあったのはたしか中南米のどこか。このへんがどうなのかは分からなかったが、あまりこれ見よがしにパシャパシャするのは控えた。
 車に酔って食欲のない人もいたが、昼食をとるため村の小さなレストランに入った。
 現地ガイドのKさんがメニューを説明してくれて、その中にチーズのトルティージャがあったので、わたしはそれとハーブティーにした。
 食欲旺盛の人はKさんおすすめの“ビフカツ”のようなものを頼んでいた。
 味見したがけっこうおいしかった。
 Kさんはそこで道のことを情報収集して運転手に確認させていた。
 今まではとんでもない道しかなかったのが、最近いい道ができたらしい。

 昼食をすませて出発。
 まったくものすごくいい道がつづき、素晴らしい景色がひろがった。ここはメキシコ?標高があるせいかまるでイギリスの田園地帯(行ったことないけど)といった緑の丘陵地帯だった。
 来る前はジャングルの中のスンゴイところかと勝手に想像していたのだが、そのイメージは完全に粉砕された。明るくひろびろと、なんて気持ちのいいところか!
 博物館の駐車場に車を入れた。この日は休日で入れなかった。
 この博物館も大都市にでもありそうなしゃれた綺麗な色を使った立派な建物で、さらにオドロク。
 なだらかな坂を、のんびりまわりの緑の丘を眺めながらトニナへと下っていった。トニナの発掘・修復にかかわった現地のマリオという陽気な初老のメキシカンがガイドに付いてくれた。マリオ、けっこうお酒ズキでからだもちょっとこわしたらしいが、懲りないようだ。メキシカン、て感じ。
 トイレのある小さな建物のところまでくると、遺跡の立体模型があってざっと説明してくれ、そこから一度下って、小さな沢を抜け、また登った。
 最初に出会ったのは球技場だった。こざっぱりときれいに整備されている。
 説明を聞きながらたたずんでいると、ふと、気がついた。
(なんだろう?この気持ちのいいあたたかい波動は・・?)
 説明からすると球技で勝ったチームの首がそこに捧げられ、だの、「え・・。」という内容もあるのだが、不思議なことにやわらかいあたたかいものに包まれてふわっと心地いい。これまでのマヤの遺跡の中では、わたしはダントツ“いい感じ”がした。
 そこを登って遺跡の全容が見えてくると、わたしの中でわたしは叫んでいた。
「トニーナ、トニーナ、トニーナ!!(来たよ!)」

 雨がパラパラ降ってきた。あまり気にならなかったが、樹が生えている方へと自然と流れ、樹の下で雨宿りというかっこうになった。
 丁度わたしたちのルート上には2本並んでいて、1本の方はまだ青年といった若々しい樹だった。幹の下の方は色が白く(色を塗ったのか?自然なのか?)上の方は竹のように緑色で、独特の存在感があった。
 
 そしてそして、その樹がなんと!ほんものののセイバの樹!だったのだ!

 TVで見たとはいえ、涙で曇っていて見目形はさだかではなかったので、初めてのような新鮮な出会いだった。きけば中は空洞だという。なるほど、天と地を結ぶのにピッタリである。抱きついてちょっとの間そばにいたが、若木で雨はしのげないのでセイバの樹のとなりのよく繁っている樹の下にみんなで立った。わたしは思う存分セイバを眺めた。
 ずうっといい感じがし続けている。期待が高まる。
 その時、思いついて、ここトニナで感じられるだけ感じられるようにアグア・スールで手に入れたピラミッド型ローズクオーツを手首に巻き付けて“準備”した。なんとなく、出来ることはささいなことでもしておきたかった。
 雨が小降りになったので歩き出した。

 平たい石積みの大きな遺跡だ。遠くから見るとただの石の壁のように見えるのが、ごくそばまで寄ると階段状になっていた。その一段目を登って右手の方に遺跡の中に入れる入り口がある。マリオの案内で入っていった。
 中は暗く、しかし、ちゃんと電灯が点されていて、ぐるっと廻れるようになっていた。ひとまわりした出口付近まで来ると、マリオが今度は電灯を消してひとりで廻ってみせてくれた。死者を弔った場所だと聞いたあとのことなので、わたしはマリオの陽気さを尊敬した。でも彼はただ面白がっているのではなく、この遺跡にたっぷり愛情を持っているのが感じられた。
 日本からのガイドのYさんが、ふいに「わたしはここにいなければ・・。」と言い出して、マリオにここで15分瞑想の時間をもらえないかとことわると、マリオは快く了承してくれた。15分経ったら灯を点す。それが合図だった。
 わたしは正直いうとアタマでは恐かったのだけれど、どういうわけかあたたかい波動を感じて踏み止まった。そして、マヤン・オラクル(マヤの神託)のわたしへのメッセージを思い出していた。
『今まで恐くて行ったことのないところに行きなさい。』ここのことだったのだろうか・・?外へ出るわけにはいかなかった。胆を据えるしかなかった。
 そこでわたしたちはぐるりと輪になって座り込み、手をつないだ。
 Yさんが誘導してくれた。
 ケツアルコアトル(マヤの重要な神)が後ろにいると言ってもらってわたしはなんだかゆだねるような気持ちになった。
 すると、まず蓮の花のつぼみのようなシルエットが10本ぐらい並んでいるイメージを感じた。それからXという形。そして、日本庭園によくあるような十三重の石塔のようなもののてっぺんに金の珠が輝いているのが一瞬浮かび、
『完全でないということが完全である』というインスピレーションを得た。
 それはわたしを大いに勇気づけた。じたばたと完全でないわたしも完全なのか、大いなるところからみれば・・。
 進化する過程の渾沌は完璧なスケジュールということ?それを体験するために今ここにいる?大きな感謝に包まれた。
  マヤの大きさを感じた。ここで悪人だろうがどんな人間だろうが手厚く弔ったという。弔う人々の一心さ、敬虔さを感じて、恐さというのは徐々に融けてゆくようだった。生と死を越えた大きなものを、マヤの人々はたましいで理解していたのだろうか。

 わたしは蓮の花がそのときは何をイメージしたものかわからなかったが、あとで思った。あの蓮の花はわたしたちのことではなかったろうかと・・。
 蓮はドロの中で聖なる花を咲かせるときいた。今わたしたちは蓮の花のつぼみ。そういう意味だとしたら・・。ものすごく大きな意味になる。
 意識を通常モードにもどす誘導をしてもらって瞑想が終了した丁度その時、まるでハイ終わり、とでもいうようにピッタリに電灯が点された。
「えっ!?」と思わずパッと目を開いてしまった。なんだこの1秒も狂いのないタイミングは・・。
 それはこの瞑想が流れの中で重要なものだったのだろうと暗示させるものだった。
 今回のツアーの大きな意味をここトニナが、そしてこの瞑想が担っているように感じたのはわたしだけなのだろうか・・?もちろん全てのマヤ遺跡が重要な意味がある。けれどもこの時わたしたちに大きくシンクロした大事な場所のような気がする。

 外に出るとマリオがいたので
「ムーチャスグラシアス!(本当にありがとう!)」と声をかけた。
「アブラエスパニョール?(スペイン語しゃべれんのかい?)」
というようなことをおそらく言ったので、
「ウンポコ・・。(すこ〜し・・。)」と人差し指と親指で小さな幅をつくった。

 そこから7段だかある“標高”の高い遺跡の上方にむけて登り始める。
 一番初めにどーんという感じで迎えてくれたのは“エツナブ”に良く似た巨大なシンボルマークを一面に浮き上がらせた壁面だった。このシンボルはどうやらここトニナの重要なものらしかった。それが一目でわかるように見上げるような大きさにつくってある。
 Kさんの説明によれば、Xという字を階段状にギザギザに表しているこの形は雷を表しているということだった。
 それにしてもこれはほとんどエツナブだった。エツナブはわたしはマヤン・オラクルで知ったのだが、マヤ語の意味は“ナイフ、火打石”、象徴するものは“鏡、刀”そしてその性質は“時間を超越していること、差別、清澄さ、鏡の間、武士の魂、真実の剣、影に立ち向かうこと、そして、パラドックスの統合”
 そしてエツナブが調和するための叡智とは“不調和”
 今回のツアーに生年月日はまったく違うのにエツナブの人がふたりもいて、初めっからおや〜っ?と思ってはいた。
 そして、わたしにとってはエツナブは“心の核”“わたしを支える霊的存在”と出たことがある。
 もしかして、ここはエツナブの城?

 その時は気づかなかったけれど、あとになっておやおや〜?と思ったのだった。
 そしてこのシンボルがエツナブと少し違うのは、Xという字の真ん中に太い柱のような1本の縦のラインがあることだった。
 帰国してからわりとすぐ図書館で借りた本の中で、「真ん中を貫く縦のラインが“天と地を結ぶ”ということを表している」というフレーズに出会い、ぎょっとした。
 あれがそうなのかはわからないが、そうとってもまんざらわるくない、と感じたからだ。

 神官が住んでたむろしていたといわれるところ、神に捧げる踊りではないかというレリーフ。また、ここの人々の世界観を表わす巨大なレリーフ。それらはそんな昔のものとは思えないほどきれいに残されていた。
 振り返ると素晴らしい緑の丘陵が眼下に広がり、ここは昔から作物がとれて豊かな土地だったというのがうなずけた。夢の中で見るような理想郷のような景色だった。
 そんな景色を望むところに位の高い神官が埋葬されているらしいというところが何気なくある。立ち去りかけたとき、思わず振り返って敬意を表して手を合わせた。
 奴隷といわれているうつくしいレリーフは、マリオはそうじゃないんじゃないかと思っていると告げた。たしかにそのレリーフのうつくしい造形にはどこか尊敬の念のような愛情のようなものが感じられて、マリオの言う通りかもしれないと素直に感じた。
 そこでレリーフを見ていたら別の観光客が上がってきて、マリオは
「アリバ!!(上へ)」と笑いながら叫んだ。
 げっ!?ここをのぼるんかいな?その最上段の階段は、階段と呼べる代物ではなく、急な“壁”だった。壁がちょびっとでこぼこしているという雰囲気で、まさかあ、ここは登らないよな、と勝手に安心していた。
 とほほほ、やはり登るのであった。
 ままよ!上も下も見ないで、ブジを信じてひたすら登った。
 どうやら一番上の小さな展望台のようなところに辿り着いた。
 ひゃー!眺めの良さと達成感で充実感に満たされた!
 トニナを味わった!ありがとー!

 このわたしがこの急な階段をてっぺんまで登れたのはひとつの小さな奇跡だった。
 この3年前に救急車に乗った直後は寝返りもおそろしくてうてなかったのに。3分も歩けなかったのに。
 人は“回復”する。それを自分で拒否しなければ、時はやさしい。
 人生で動いて何かをすることを、一度あきらめてそれを受け入れた。けれどもその時見つめ続けた部屋の壁に差し込む窓の光は、決して絶望の色をしていなかった。むしろそれはいたわるようなおだやかなもので、わたしに
(それならば動かないで出来ることをすればいい。人生は変わらない。ただ、やり方を少し変えるだけだ。)と思わせてくれた。
 肉体を使って人生を楽しむことがわたしの人生からたとえ去ったとしても、そこにはそれ以上の奥深く広大な世界がなんと!ひらけているということに、自分で本当に驚いた。そのことを知らしめるための“厄年”だったようで、そんな恩恵に預かれるなら厄年もわるくない。
 人生は基本的にゆかいだ。しんどいこともほんとだが、だけどどこかに笑えることはいつもある。それはどうしたってほんとうのことだ。
 そういえばあとで気づいたが、マヤへとやって来たこの年も、ある説ではわたしの厄年だった。(含笑)

 さて、“展望台”から見下ろすと、すぐ下の高みに現地の人がふたりと犬が一匹座っていた。空から差し込む光をバックに印象的な平和な光景をつくっていて思わずシャッターを切った。
 ここは遺跡で、もちろん生きている遺跡だが、“現在の”血の通う自分の仲間がこの遺跡に信頼と愛情を寄せて、この遺跡とともに暮らしているのを見るのはいいものだった。
 あたたかい血の通った人間的なマリオの存在も、わたしのこころに今も灯を点し続けている。
 そこから立ち去ろうとするときの空は神話的だった。雲間から後光のような光がもれ、敬虔な気持ちになった。

 遺跡を登っているときは止んでいた雨が、屋根のあるところまで来ると一気にダーッと降り出した。天に感謝。
 そうして、至福感にひたりながら、トニナの訪問を終えた。
 オコシンゴまで乗っけてくれとマリオが乗り込んできた。座席はいっぱいなので後ろのスペースに“荷物”と化して。どこまでも陽気で茶目っ気のあるマリオになごまされた。
“ムーチャス、ムーチャスグラシアス!!(ほんとにありがとう!神のご加護を!)”
                                《6》へつづく


 
 
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by ben-chicchan | 2005-10-07 16:36 | 紀行文
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