空を歩く

エンジェル・フライ*7〜天使時間*

 マオは自分の街にもどってきた。フラウと歩きながらふと、気づいた。
 耳の底がしんとするくらいの街の静けさに。ごくごくそれはありふれた日暮れかけたひととき。街はまるで正月の朝のように平けく静まり返っている。
 肩にかけたカバンをしょい直しながらその『静かな音』に耳を澄ませた。
 あ、
 と、思った。
 これが、”平和の音”なのだ。
 この家に、あの家に夕餉の支度が整えられ、新聞配達のバイクが通る。
 猫がのっそりと筆を立てるようにしっぽを立て、なんの心配もないように道を渡っていく。
 ふいにこみ上げる想いに襲われてマオは自分でも驚いた。
 フラウが気づいて顏をのぞいた。
「どうしたの?」
「フラウ、これって・・。これっていうのがね・・・平和なんだ、と想ったの。そしたら世界のどこかで明日を想えない人がいるってことを逆に急に強く感じた。ものすごくせつないこと。それって。ほんっとうに胸の底の方をきゅうんとしぼられるようなしーんとせつないこと。深ーく透き通った黄緑色のレモン汁みたいにせつない。平和の中にいると、まったくこの音に気づかないのよね。」
「音?」
「ほら、聞いて。なんて静かなんだろう。」
「・・。ああ・・。うん。」
「うっ・・。」
 道端で不覚にも嗚咽がもれた。
 背中にあたたかいフラウの手のひらを感じた。
「この静けさがすべての人の上にあったなら・・。そうでなきゃいけない。ほんとは。そうじゃない?」
「うん。そうだね。」
「そうさ。」
 フランの声もした。
「マオ、天使時間がひらいているね。フラウに触れ過ぎたんだ。」
 フランのあのグリーンの声がつづく。
「天使時間ってなに?」
 顔をぬぐいながらコドモのようにきいた。
「天使に通じてしまう瞬間のコト。どんなに遠くにいても天使にはそれがわかって瞬時にそばに引き寄せられる。こんな風に。」
「ふーん・・。」
 なにを言われているのかはよく分かっていなかった。
 ただ、マオはその時真っ平らな天のくにの音を聞いていたのだ。
「ああ、そういえば天使がいてもおかしくないような空だ・・。」
 そういって泣き笑いした。

To be continued…
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by ben-chicchan | 2006-03-04 21:31 | story
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