空を歩く

さよなら地球 〜サム〜

 (さよなら!さよなら!なにもかも消え失せる。輝いていた新緑も、傷つけあった日々も。たとえ極悪非道であっても、そこにひとがいたことはこのうえなくいとおしい。戦争も破壊も、そんなことができたのはこの星があったからだ。さようなら。すべて。)
 サムは子供のように泣いた。
 横に立つアバローキテシュバラは静かにうなずいたようだった。
 (こんな日が来ることをもっと今日のように切実に知っていたなら、ひとはこうも無軌道にことを為しただろうか・・。知っていたなら・・。)
 それに対するアバローキテシュバラの答えは分かっていた。
 (数え切れない警告、信号、諭し、融合、それらを全て人間は選ばなかったというのですね?)
 アバローキテシュバラはただ黙ってそこに立っていた。
 (たとえこの旅路が高次元への素晴らしいものだとしてもわたしは泣きます。このいとおしい世界は失われる。それはわたしの一部が失われるのと一緒だ。どんなに醜いものでもこんなにもいとおしいものだとは思わなかった。)
 いたわるようにアバローキテシュバラは手を差し伸べた。
 その手をとった時、サムは一瞬にしてアバローキテシュバラの何万劫年の時を理解した。
 (この哀しみを星の数ほど経験しているから、こんなにもわたしたちに寄り添ってくれ続けたのですか・・。)

 もの言わぬアバローキテシュバラの瞳は広大で果てしなく澄んでいた。
[すべてすべて許しなさい。あらゆる事を。あらゆる人を。ただひとりの例外もなく。それはつまり、あなた自身も解き放つということだ。]
(わたしは世界ではなく、わたしを許していなかったのですね?)
[そうして闘い尽くして来た。すべてを滅ぼすまで。]
(わたしは、わたしを許していなかったのか・・・。けれどももう遅い。)
 アバローキテシュバラは蓮の花弁のようにふわっと微笑んだ。
[今、この瞬間、目覚め、解き放つなら、遅すぎることは何ひとつない。]
(えっ!?)
 アバローキテシュバラがむこうを向いた瞬間、まるで太陽が百億落ちて来たようなすさまじい光に襲われた。

 すべては蒸発し、あとかたも残らなかった。なのに、意識のなごりは真空をたなびいた。(許しということはこういうこと。歓喜というのはこういうもの。どこにも争いも痛みもない。このことをどうして分からなかったのか・・・。)
 はてしなくたなびく意識の素粒子は、やがて久遠の彼方で再び結びあう。そうして新しい進化は始まる。
 またしても始まりは始まるのだった。
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by ben-chicchan | 2006-04-05 16:48 | story
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