空を歩く

大和・みたまの水脈をたどる旅*1

                              2004.4.30〜5.4

 2000年という「はじまりのうねりがはじまる」というそのご開帳の年に、ご他聞にもれずわたしのところにもやってきた信号が“日本武尊”だった。その時から、わたしの違った旅が始まった。
 筑波山から始まって伊勢、熱田、出雲、富士山、成田、松戸、東京、秩父、奈良、はてはメキシコまで、そのたったひとつのキーワードのためにまるであらかたのココロも金銭も時もあったような3年ばかり。そして、そのある集約地点のような今度の旅。
 それに行ってこれたことに今、大きな安堵を覚えている。長年の宿題をひとつ終えたような・・。いったいそれがなんなのか、うまく伝えるすべはまだ持たないかもしれないが、
 はじまりはじまり〜・・。

 ひとが、生まれる前にその肉体に宿ってどう生きようか、と決めてくる、という話がある。わたしは自分が決めてきたことが何か、よく分かった。この4年の旅の中で。
 だからここに来たし、このひとであることを選んでいる。
 なおかつ、それをすることを幼い頃からおそれていた。逃げられるものなら逃げようと、実際逃げつづけてきた。
「ああ、そうだった。また忘れていた。こんなにも自分が自分に呼び掛けているのに、すまなかった・・。」
 自分の、深くとるならば自分に対する切なる愛情が身にしみる。自分がこんなにも自分を本当の意味で愛していることを実感し出している。それと反比例して自分が自分をないがしろにしてきたことにむねつまる。
 ほんとうに自分を愛するっていうのは、自分が決めてきたことを自分にさせてやることだ。
 それは自分を慰めたり、自分が傷を負わないよう守ったりすることではなくて。
 
 大阪行き夜行バスでなんば駅に降り立って、電車で3つ。天王寺駅。
 ここには聖徳太子が建立した日本初の大寺、四天王寺がある。
 今、一者(あらゆる存在の根源的実在。一なる者。神仏。)への道を仏教から学ぶという御仏縁をいただいているが、その日本仏教の祖といえる聖徳太子は、わたしには日本武尊をめぐる旅の流れの中で強烈に印象に残ったお方だった。
 以前奈良に赴いた折、飛鳥の橘寺というところに寄ったことがある。そこは太子が生まれたところで、その跡に寺が建立され、そこで太子が天皇にお経を講議なさったという伝承が伝わっている。
 
 そこには太子が16才くらいの孝養像があった。本堂に入った時、その『空間』の“ひろさ”、“濃さ”にマッタク驚いたのだが、宇宙的でこれはいったいなんなんだろうと浸りながら奥に行くとそこがその空間の発信源だった。しんしんとしみてくるその気のただなかにいて、それがなんと表現できるものかに気がついた時にがくぜんと打たれた。ひとことでいうなら、それは『和』のエネルギーと表現するしかなかったのだ。
 宇宙的と思えたのはそれは実は太子のいう『和』の精神だった。
 この像を仏師がつくる時、聖徳太子を強く想いながらつくったことだろう。聖徳太子を想うということはイコールこの精神(エネルギー)を想うことでそこにはおのずとこの世界があらわれるよりない。刻まれることで、そのいのち(エネルギー)はそこに有り続ける。それとそこにそのよりしろがあることで、太子にゆかりの深いこの地にそのエネルギーはその発信元からさんさんと今も親密に降り続けるともいえるのかもしれない。その像は「和をもって貴しとなす」のまさに権化、だった。
 それが伝える『和』というのはただほんわかとしたふわふわしたものではなかった。
 それは意外にも強大なゆるぎないもので、圧倒的な強さ、だった。
 それは宇宙的な大きさ。
 まったくまったくオドロイタ。
 まさに21世紀型の21世紀にふさわしいマスターが日本には1400年前にすでに出現していた。
 法隆寺が日本最古の木造寺の遺産でありながらあんなに新しく宇宙的なのは『未来』の寺だからなのかもしれない、と橘寺に行って思ったのだ。だからそれからずっとわたしの中に聖徳太子は大きくいらせられる。

 四天王寺は暮らしの中に新しく息づいていた。
 あまり知識なく金堂に入って、建物の外見とギャップを感じさせられるようなその内部の深みに軽く新鮮なショックを受けた。なんという救世観音。このような端正なそれでいてしっくりと深い観音様はそうはいない。うっとりと拝んだ。三指に入る。そう思える観音様に出会えることの喜び。
 まわりを囲む壁面の絵画も観音様と釣り合ってよくお似合いだった。そうは古くなさそうな筆致だった。やはり端正で深い。まるで上等のビロードの上を歩いて、上等の赤ワインでもいただいたような余韻が漂った。
 講堂に入ると巨大な十一面観世音菩薩像。強い気をはなつ。
 そのとなりに阿弥陀如来像。これもはなはだ強い気をはなつ。わたしが今まで見た阿弥陀様の中ではよいお顔をされている。あとでこの像が大仏師の松下朋琳・宗琳親子作と知ってあらためて感心した。
時間がおしているのでもどる。途中あまりの暑さに「冷やしあめ」というのを飲む。思いのほかさっぱりと生姜風味で、暑さや疲れを払ってくれた。

 次に向かうのは古市の日本武尊陵。近鉄で20分ほど。昼になっていた。
 通りすがりの中華料理店で腹ごしらえしてから歩きだした。道端の石塔に示されたいい感じの石畳の横道に入る。気持ちのいい小道。古墳の多いここらあたりは地図や表示が整備されて町起こしされている。
 新緑のかたまりが見えてきた。まるで3Dのようにこちらに迫ってくる迫力のある生命力あふるる緑。日本武尊陵である。大きな堀に囲まれて、三重県の能褒野(のぼの)陵よりもさらに立派な様子だ。
 
 お堀を廻り込んで、ぐるっと回り道して鳥居のある拝所に向かう途中、地元の祭りの山車に出会った。まだ新しい木の色をした大変凝ったつくりの山車で、若衆が取り巻いていた。
 このあたりは『麻』さんと『塩野』さんの表札ばかり。古くから根づいた代々の家の多いところなんだろう。歴史を感じさせられる。
 拝所に着いて帽子をとると万感こめて参拝した。
 秩父の今宮神社の御神木を触らせていただいた時のような、きらきらとした光がいくつかまたたいた。もう少し交信していたかったが後ろに人の足音を聞いてしりぞいた。
 声がした。「好きやねえ(あんたも)。」
 30代くらいの目の大きな恰幅のいい男性と、その人に“師匠”と呼ばれる60代くらいの関西弁の男性が笑っていた。同好の士の気配を感じてこちらも笑った。
 その30代の男性は自分の子供に武尊(たける)と名付けるくらいの古代史好きらしく、同じく歴史マニアの“師匠”と歴史ドライブにきたそうだ。
 大和の方へ行く予定、らしいがあまり計画的でない歴史行で、日本武尊陵に寄ったのも武尊のパパが急に車の中で思いついて寄ったとのことだった。なのでわたしたちの行く叡福寺まで車で送ってくれることになった。
 
 直前のTVで古市の御陵を見て急きょここも予定に入れたのだが、その番組では日本武尊は聖徳太子の弟の来米皇子がモデルであるという説を出していて、それにはわたしは説明はしにくいがすとんと来るものを感じていた。来米皇子の御陵もこのあたりらしいがそこまでは調べてこなかった。「来米皇子陵はこのへんですか?」とちょっと口にしてみると、ふたりは喜んで連れて行ってくれた。
 実は内心、この大事な行程によけいなことを入れたかとふたりの同行に若干のほろ苦さを感じていたのだが、この来米皇子陵に来てそれは払拭された。
 そこはキラキラとした美しい日本武尊陵とは打って変わってどんよりと停滞した寂し気なところだった。
「あ、」と別の意味で打たれて、同行したKさんとこころをこめて参拝させていただいた。終わるとそこはこころなしかかろやかにあたまをもたげるような空間に変化していた。感動があった。
「ここへ来るために出会ったんだね。」Kさんとうなずきあった。
 それから本来は隣の駅からバスで行くところの聖徳太子の御廟のある叡福寺に向かう。やはり時間がおしてきていたので実際助かる。

 車で着いた叡福寺は、想像していた通りのところだった。
 ここは何かをお願いするところではなく、何かをすることを決めた人がその覚悟を報告しにくるところだとどこかで知った。だからこそ来たのだが、着いてみてまたしても後悔のあたまがよみがえってきた。
(やっぱり時間がかかっても楽をしないで気を散らさないで来るべきだった・・。)
 自分の意志の弱さを逆にまざまざとさらしにきたようだった。 連れてきてくれたふたりには申し訳ないという罪悪感もほろ苦く感じながら、前へ進む。
 高野山の弘法大師の御廟を訪うた時のような厳粛な空気を感じた。
 足が前に出ないような強い気。
 参拝した時に何を報告したのか実は今よく覚えていない。
 ただ、その後しばらくたって何か感じた。
 あのふたりは参拝のさわりになどならず、むしろやはり意味ある他生の縁だったのだ、と。聖徳太子はそういうことを咎めるのではなく、もっと違うわたしの深みをまっすぐに見ておられる。未来をみておられる。
 そういうかすかな感触が、自分の内面の“和”というような深みに向かって小石を投げられたように波紋のようにかすかにさざなみを立てて響き、
そしてそれはやがて鎮まっていった。
 このお寺は他の寺とは違っていた。いってみれば寺の中の寺。
 ベスト・オブ・テラ。キング・オブ・テラ。
 仏縁が出来てそれが深まってゆくなら一度は訪れたい場所である。

To be continued・・・
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by ben-chicchan | 2005-02-25 23:34 | 紀行文
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