空を歩く

カテゴリ:story( 25 )

ハーティ & ダーティ〜6〜

 作戦(さくせん)をかんがえました。
 赤ちゃんのそばにはかならずおかあさんやおとうさんがいるから、ほんのすこしのあいだだけでもはなれてもらわなければならない。
 それには3羽で気をひくようなことをすればいい。
「うまくいくかな?」
「やってみるさ。」
 公園のベンチでランチをひろげている親子がいました。
 赤ちゃんがまんなかできげんよくわらっています。
 まず、ダーティがおとうさんのそばをとびながらひろったコインをおとしました。
 コインははじける音をたてて石だたみの上で光りました。
「なんだ?なにか上からふってきたぞ?」
 たしかめにいくおとうさん。
 すかさずおかあさんのかかえていたランチボックスからサンドイッチをくわえてとんだのはブラウニーでした。
 おかあさんはあわててブラウニーをおいかけました。
「いまだよ!」
 スノーがさけびます。
 ハーティはベンチの赤ちゃんのそばにまいおりてあいさつをしました。
「こんにちは。ごきげんだね。ママとパパとピクニックかい?」
「うん。ママもパパもにこにこだよ。ぼくもうれしいよ。」
「きみのえがおをみてるとこっちもうれしいよ。きみのそのふわふわのほっぺにそっとさわれたらもっとうれしいな。」
「いいよ。」
「ありがと!」
 そういってハーティは赤ちゃんのほっぺにそっとふれました。
 赤ちゃんはたのしそうにわらいました。
「えへへ。くすぐったい。」
「げんきでね!大きくなるんだよ!」
 ハーティがまいあがったのと、おとうさんとおかあさんがかけもどるのとがいっしょでした。
 おとうさんとおかあさんは赤ちゃんがにこにこしているのを見てあっけにとられました。
 そしてつられてわらいました。
「この子はカラスがこわくないんだ。」
 しあわせそうにわらう家族(かぞく)からはなれて高くまいあがりながら、ハーティはこころがぬくもっていきました。
「ダーティ、スノー、ブラウニー!ありがとう!」
 だれかがよろこぶことがこんなにたのしいなんて!
 たのしいことはまたやりたくなります。
 こんどはブラウニーとスノーが計画(けいかく)をおもいつきました。
 ハーティにもつたえます。
 こんどはその3羽で作戦をねります。
 ダーティがいちばんよろこぶのはブレンディがふりむいてくれること。
 だけどこの3羽、ほんとにブレンディをただふりむかせることしかおもいつかなかったのでした。
「ブレンディ!」
 3羽がいっせいによびました。
「ばか!」
 ダーティはおどろいてかたくなって、立ちんぼうです。
 ふりむいたブレンディが目にしたのは、大きなカラスとダーティたち3羽でした。
「こんどはカラスもいっしょにだれをいじめるの?」
「ちがうよ。ブレンディ。ダーティはぼくをたすけてくれたんだ。いじめられてゴミばこにおとされてうごけないぼくにたべものをはこんでくれた。」
 ハーティがそういってブレンディは目をまるくしました。
「そうさ。オレが石をあてられそうになったとき、からだをはってたすけてくれたさ。」
「スカー!」
 いつのまにかスカーが木のえだにとまってこちらを見ていました。
「いや、あの、その・・。」
 ダーティはおかしいほどどぎまぎして、ことばになりません。
「オレたちはほんとのともだちになったんだ。」
 ブラウニーがいいます。
「だからぼくらはダーティをおうえんしてるんだ。」
 スノーもいいます。
 しばらくあきれたようにきいていたブレンディはようやくつぶやきました。
「みんなしてなんなの?そんなにダーティのことがすきなの?」
 ダーティをのぞいた4羽がうなずきました。
 ブレンディはやっとおかしそうにわらいました。
「あんなにきらわれてかっこわるかったダーティがいまはこんなに人気者なの?」
「だからいっしょにとんでやってくれないか?」
 ハーティがそっとやさしくつけたすと、ブレンディはわらってうなずきました。
「わたしだってしってるわ。ダーティはかわったわ。いまのダーティはかっこいいわ。」
 そしてふたりは公園のふんすいのほうへとならんでとびたっていきました。

 おわり
[PR]
by ben-chicchan | 2007-09-08 12:40 | story

ハ−ティ & ダーティ〜5〜

 ひろばではダーティはあいかわらずだれもあいてにしてくれませんでしたが、もうあまり気にしませんでした。
 だってほんとにそんけいできるともだちができたから。
 じぶんがいじめられてつらかったからこそつらいもののためにそのありったけのやさしさをプレゼントすることができるなんて。
「つよくてかっこいい。」
 ひとりでうなずくのでした。
 そしてハーティったら、じぶんがつよくてかっこいいなんてこれっぽっちもおもっていないのでした。
 ダーティはほほえみました。
 ハーティのことをかんがえると、むねがあったかくなるのでした。

 ひろばにこどもたちがかけてきました。
 男の子たちは手に手に石をにぎっていて、ハトにむかってなげつけます。
 ハトはそうやすやすとはあてられませんが、ひとりの男の子がはねにきずがあってうごきのにぶいスカーに目をつけました。
「あいつをねらえ。あいつならおとせるぞ。」
 ダーティはビックリしてとっさに男の子の目のまえへととびました。
「わあ!」
 ハトにおそわれておどろいた男の子はしりもちをつきました。そのすきにスカーはとおくへにげました。
 そのあとおおいそぎでダーティも男の子からはなれました。
 いちょうの木のてっぺんのえだにとまってダーティはいきをととのえました。
 そこへブラウニーがやってきました。
「ダーティ。」
「ブラウニー。」
 ずいぶん久しぶりのことでした。しかも、ブラウニーの方からちかづいてきたことはいままでいちどもありません。
「いま、スカーをたすけたろ?」
 ダーティはてれくさくてへんじをしませんでした。
 そこへスノーもやってきました。
「ぼくも見たよ。にんげんにたちむかうハトなんてふつういないよ。」
「そうさ。どういうことだい?こないだはあやまるし。そんなこといままでなかったろ?」
「ともだちのおかげさ。」
 ダーティはハーティのことをはなせるのがうれしくてはねをふくらませました。
「へええ。かわったカラスだ。」
「だけど、たいしたカラスだ。」
 3羽ははじめておなじことで、ならんであったかくわらいました。
 その日からダーティはブラウニーとスノーとともだちになりました。
 上からふみつけていうことをきかせていたときよりもずっとたのしいことにダーティは気がつきました。
 
 いつもいっしょにいるようになった3羽でしたが、ある日ダーティはまたハーティがおいかけられているのを見ました。
「ブラウニー、あれがハーティだ!」
 おりていったところではにんげんから石をなげられました。
「だいじょうぶか!ハーティ!」
「やあ!だいじょうぶだよ!ともだちかい?」
「ブラウニーとスノーだ。」
 4羽はけやきの大木にとまってはじめてのあいさつをかわしました。
「きいたよ。ハーティはカラスなのにとってもやさしいんだってね。」
 ブラウニーがいうのにハーティはこまったようにくびをかしげました。
「カラスらしくないってよくいじめられるんだ。」
「あっ、ごめんよ。」
「いいんだ。きっとぼくはぼくだから。」
「ハーティはハーティさ。ほかのなんでもない。」
 ダーティがむねをはっていいました。
「ハーティはなにすることがいちばんすき?」
 スノーがききました。
「うーん。ぼくは赤ちゃんとはなすことがすきだな。いちどでいいから赤ちゃんのほっぺにさわってみたい。」
 ダーティとブラウニーとスノーはかおを見あわせました。
「それはむつかしいな。」
「うん。だからまだできたことない。」
 だけど、そのとき3羽はおなじことをかんがえていたのでした。
(ハーティに赤ちゃんのほっぺをさわらせてやろう。)

 To be continued…
[PR]
by ben-chicchan | 2007-08-02 20:38 | story

ハーティ & ダーティ 〜4〜

 ダーティは町をとんでハーティをさがしました。
 あのあと、ゆうきを出してスカーとスノーとブラウニーにあやまりました。
 まだ、ほんとのともだちにはなれていないけど、3羽ともダーティがあやまるのにおどろいていました。
 まだブレンディのそばにははずかしくていけません。
 もういちどハーティに会いたいとおもって、会ってありがとうといいたくてダーティは町をとびました。
 だけど、どこにもハーティのすがたはありません。うっかりちがうカラスにちかづいておいかけられたりしました。
「この町にはもういないのかな?もう2度と会えないのかな?ハーティ。」
 そうしてとびまわって何日かしたころ、ダーティはなかまにおいかけられる1羽のカラスを見ました。
「ハーティ!」
「こっちへくるなダーティ!」
 そういってハーティはダーティからさらにはなれていきます。
 何羽もいるカラスにはかないません。
 ダーティはひくいところをずっとはなれずについていくことにしました。
 おいつかれて何羽にもつつかれて、ハーティは教会(きょうかい)のほうにおちていきました。
 ダーティはおもいきりとびました。
 教会のうらのゴミばこの中に、ハーティはきずついておちていました。
 なかまたちは大声でわらうといってしまいました。
「ちくしょう!なんてことするんだ!ハーティだいじょうぶか!」
 ハーティは小さくへんじをしました。
「うん。」
 ゴミばこの中でハーティはうごけません。
「きっとあいつらこらしめてやる!」
「ダーティ。」
「うん?」
「ありがとう。でも。いいよ。」
「なんで!ハーティはくやしくないのか!あんなやつらよりずっとハーティのほうがりっぱなカラスだ!」
 ハーティはからだをふるわせました。
 ダーティは気がついていいました。
「わらってるのか?」
「うん。」
「いたいだろ?」
「いたくないさ。」
「だってこんなにきずついてる。」
「だけど・・、むねはいたくないさ。」
「・・。ハーティ。」
「きみ、しってるだろ?からだのいたみよりむねのいたみのほうがつらいって。むねさえいたくなけりゃ、たいがいのことはへいきさ。きみのおかげだ。きみがそこにいてくれるから。いたくないんだ。」
 ダーティはまたなみだのつぶをこぼしました。
「ダーティはなきむしだなあ。」
「おまえのせいだ。オレはないたことなんかいままでいちどもなかったんだ。」
 ダーティはハーティがとべるようになるまで毎日ゴミばこにたべものをはこびました。
 何日もたって、ようやくとべるようになったハーティとダーティのふたりは教会のてっぺんの十字架(じゅうじか)の上にならんでとまりました。
「ここにはよく、うまれてまもない赤ちゃんがやってくるんだ。」
「にんげんの?」
「うん。なんでだか、いちどきいたことがある。」
「赤ちゃんに?」
「うん。にんげんはどうしてか赤ちゃんのときはぼくらと口をきいてくれる。大きくなるとそれはわすれちゃうけどね。」
「ふーん。」
「ここにはかみさまってのがいて、そのかみさまとはなしをするためのたてものなんだって。」
「なんのはなしをするんだ?」
「どうしてうまれてきたかをおもいだすためにここへくるらしい。」
「へえ。きみはどうおもう?どうしてうまれてきたんだとおもう?」
「ぼくは・・。わかんないけど、ないていただれかがわらうのをみるとうれしくて、きっとそれを見にうまれてきたんだっておもうことがある。」
「ハーティ。」
「うん。」
「きみはほんとにつよいとりだ。」
「なんのことだい?」
「オレはみためがかっこよくて、力がつよいのがえらいんだとずっとおもってきた。だけど、ほんとはそうじゃなかった。」
「へえ。」
「オレはかっこわるかった。ふんぞりかえってだれのいたみにも気がつかなかった。おまけにとてもよわかった。みんなをおしのけていちばんになりたがった。それがうまれたわけだとずっとおもってた。」
「そうかい?でもそんなこというきみはかっこいいよ。」
 ダーティはそれをきいてわらった。
「きみがいてくれるからだ。こんなことをいえるともだちはいままでいなかった。」
「ぼくはとてもよわいんだよ。いじめられてもやりかえせないし、いつもひとりだ。」
「いいや。ひとのいたみをほっておけないのがいちばんつよいんだ。ひとりでむねのいたみをかかえてだれにもそのつらさをぶつけないのはつよくなくちゃできない。オレはじぶんがいたんでみてそれがはじめてわかったよ。」
「じゃあ、ぼくはうまれてきてよかったんだね。じぶんはやくたたずだとおもってた。」
「なにいうんだ。オレをたすけてくれたのはハーティなんだ。だれの上にもならずにいちばん下でささえてるのがほんとはいちばんつよいんだ。オレはきみをいじめたカラスのことおこったけど、ほんとはおんなじことしてきたさ。はずかしいよ。ずっといいたくてさがしてたんだ。ありがとう。」
 ふたりはゆうやけをあびながら、見つめあってわらいました。

 To be continued ‥
[PR]
by ben-chicchan | 2007-07-11 14:41 | story

ハーティ & ダーティ 〜3〜

 ベンチのそばにはゴミばこがありました。
 ゴミばこにはときどきカラスがおりてきてゴミをあさります。
 ばさっばさっとはばたきのおとがして、カラスが1羽まいおりました。
 ゴミばこにとまったまま、ベンチのほうを見ています。
「やあ。」
 はじめはそれがじぶんにかけられたことばだとは気がつかずに、ダーティはひろばのほうを見つめていました。
「やあ。」
 もういちどえんりょがちにかけられた声にダーティははじめてふりむきました。
「もう、何日もひとりでそこにいるけど、どうしたんだい?なにかたべたかい?」
 ダーティは目をまるくしてその声のぬしを見つめました。
「オレに声をかけてるのか?」
「きみのほかにだれがいるんだそこに?」
「・・。」
「たべてないだろう?見てたんだ。ずっと上から。」
 そういってハーティはゴミばこからあさったパンくずをくわえてベンチへはばたきました。
 とばされそうないきおいのカラスのはばたきに、ダーティは目をつぶりました。
「よるなよ。オレはいまはけんかする元気がないんだ。」
「けんか?なんで?」
「カラスはハトをおっかけるもんだ。ハトはカラスにはかなわない。」
「そんなこと気にするなよ。さあ、たべな。」
 そういってダーティのまえにパンくずをおきます。
「ハーティっていうんだ。」
「・・オレはダーティ。」
 ダーティは目のまえのパンくずを見つめました。
「どうしてオレにこんなことをするんだ。」
「だってはらがへったらつらいだろう?」
「カラスがこんなことするなんておもわなかった。」
「ハーティってよんでくれていいんだ。」
 ダーティはなんだか気がゆるんで足をたたんでそこにすわりこみました。
「10日ぶりにしゃべったよ。」
「ひもじかったろう?」
「うん。」
「わかるよ。」
 ダーティはハーティのほうをふりかえりました。
「たべものがのどをとおらないくらい、むねがひもじかったんだ。」
 ダーティはびっくりして声が出ませんでした。
 どうしてこのカラスはじぶんのきもちがわかるんだろう?
「そういうことはあるさ。ぼくはしょっちゅうだ。」
「どうしてハーティはこんなふうにむねがいたかったりするんだ?」
「それは、まるでぼくなんかいないみたいにだれも口をきいてくれなかったり、じぶんのおもいがつたわらなかったりするからさ。」
 それをきいてダーティの目からなにかがこぼれました。
「オレはブレンディにふりむいてほしかったんだ。みんなの中でいちばんになりたかった。だけど、さいていっていわれた。」
「そう。」
 ハーティはうなずいてきいています。
「オレはスノーやブラウニーやスカーをいじめた。だからきらわれてもしかたがないんだ。」
「・・。」
「もう、だれもオレのことをふりむいてくれない。オレはさいていなんだ。」
 ハーティはこたえませんでした。
 そのかわりにパンくずをそっとそのくちばしでダーティのほうへおしやりました。
「たべなよ。」
 ダーティはなきました。
「なんでそんなこというんだ。オレはさいていなんだ。」
「だってきみはつらいんだろう?つらいとりはなぐさめられなくちゃ。」
「ばかだなあ、オレはわるいことをしたんだからなぐさめられなくてもいいんだ。」
「だってほら、きみのむねはいたんでるじゃないか。ぼくはそのつらさよくしってる。だからほっておけないさ。」
「ばかだ。ハーティはばかだ。」
 そういってダーティはなきました。
「きみのはねにさわっていいかい?」
 ハーティがそういい、ダーティはなきながらうなずきました。
「きれいなはねだ。やわらかそうだね。」
 そういってハーティはくちばしでそっとまるでわたげにさわるようにダーティのはねをなでました。
「たべるんだよ。むねがいたいのはきみだけじゃない。」
 そういってハーティはとびたちました。
 ダーティはむねがいっぱいになってパンくずをたべることができませんでした。

 To be continued ‥
[PR]
by ben-chicchan | 2007-06-01 14:44 | story

ハーティ & ダーティ〜2〜

 町のひろばにはハトがたくさんいます。
 太ったのや小さいのや色がまじったのや白いのや、それこそいっぱいのハトがくらしています。
 なかでもひときわりっぱな灰色のハトがむねをはってあるいていました。
「オレさまのはねほどきれいなはねをもつハトはこのひろばにはいないな。みろよ、あのちっこいやせたやつのかっこわるいこと。」
 ダーティとよばれているそのハトはひとりふんぞりかえってみんなをみくだしながらあるいているのでした。
 ダーティには好きなハトがいました。
 ブレンディです。ブレンディは白いはねと灰色のはねがきれいにまじったすてきなハトでした。
 ダーティはブレンディにふりむいてほしくて、わざとむねをはってあるいているのです。
 だけど、ブレンディはちっともダーティのことを見てくれません。
「なにか目立つことをしないとだめだな。」
 そうかんがえたダーティは、ほかのハトにけんかをうって勝つ(かつ)ことをおもいつきました。
「オレがどんなにつよいか見せてやろう。みんなにきらわれてるあのめざわりなきたないはねのやつがいい。」
 ダーティはきずをおってばさばさとふぞろいなはねのぶかっこうなハトに目をつけました。
 スカーでした。
 そうきめるとダーティはまえからいじめていた茶色いはねをもつブラウニーと小さな白いハトのスノーにてつだわせました。
 スカーがひろばにこぼれおちているポップコーンをついばもうとするところを大きくスノーにはばたかせてじゃまをします。
 そしてスカーのポップコーンをブラウニーとよこどりします。
 スカーがめんどうになってちがうところにとんでいっても、おいかけておなじようにじゃまをしました。
 さすがにスカーもあたまにきたようで、おおきくはねをふくらませてグッポーグッポーとなきはじめました。
 ダーティとスカーのふたりははねをひろげておたがいをにらみあいながらぐるぐるまわりはじめました。
 ひろばのハトたちがあつまってきます。
 ブレンディもいます。
 スノーがはばたいてスカーの気をひいたスキにダーティはスカーのおしりをつっつきました。スカーはふいをつかれてあわててとびたちました。
 ダーティはいっそうはねをふくらませてとくいそうな声をあげました。
 みんながいってしまいます。ブレンディもむこうへいってしまいます。
 ダーティはあわててブレンディをおいかけました。
「見たかい!あいつのあわてたかお!」
 ブレンディはふりかえっていいました。
「あなた3羽がかりでスカーをいじめたわね。さいてい!」
 ダーティはびっくりして立ちどまりました。
 ほかのハトたちを見ても、だれもふりかえりません。
 スノーもブラウニーもいってしまいます。
「まってくれ!スカーはきたなくてみっともないやつだってみんなきらってたじゃないか!スノーだってそういったろ!」
「だってそういっててつだわないとダーティはぼくをいじめるだろ。もうすんだからいくよ。」
「ブラウニー!」
「オレ、ほんとはやりたくなかったんだ。じゃあな。」
 ダーティのまわりからはひろばのハトたちはきれいにいなくなりました。
 あれからブレンディはおろか、だれもあいてにしてくれません。
 ふくよかだったダーティはあまりたべなくなり、ひろばのすみのベンチでたったひとりじっとしているようになりました。

 To be continued …
[PR]
by ben-chicchan | 2007-05-09 15:06 | story

ハーティ& ダーティ〜1〜

 ハーティは町に住むりっぱなカラスです。
だけど、カラスはあんまり町では好かれていません。それはまっくろで大きなくちばしをしていてちょっとこわそうで、ゴミをあさってくらしているからです。
 でも、ハーティはほんとは気がよわくてやさしいカラスでした。
 公園のベンチにかわいい赤ちゃんがいると、そばによってうっとり見つめるのが好きでした。
 だけど、赤ちゃんのおかあさんはハーティのことをこわがって、おとうさんには石をなげられました。
 カラスはからだが大きいので、もちろんいばっているカラスも中にはいます。
 ハーティはそんなカラスたちにいじめられてもいました。
「なんだいへんなやつ。」
「こいつはほんとにカラスかい?」
「このなさけないかおをみろよ。」
「カラスの風上(かざかみ)にもおけないぜ。」
 そういってカッカッカとみんなでわらうのです。
 ときにはうっぷんばらしにくちばしでつつかれたりもしました。
 理由(りゆう)なんかありません。
 なんだかおもしろくないからつつくのです。つついたらハーティがどうするかをおもしろがってやるのです。
 ハーティはいつもにげました。
 おっかけてくるのもいましたが、それでもにげました。
 だからハーティはいつもひとりでした。
「赤ちゃんのほっぺはゆきのようにふわふわだな。そっとさわってみたいなあ。」
 さみしかったハーティは、赤ちゃんのえがおが好きでした。
 ある日、いつものようにひとりでけやきの木にとまっていると、赤いやねの小さな家のにわで赤ちゃんがないているのが目にはいりました。
「あれあれ、あんなにないているよ。だれもいないのかな、かわいそうに。」
 はねをひろげてとびたつと、赤ちゃんのないている乳母車(うばぐるま)におりました。
「やあ。どうしたの?」
 赤ちゃんはなきながらいいました。
「ひっく。ママがね、でんわにでてったきりかえってこないの。ひっく。きっとまたながいことおはなししてるんだ。だけど、ひっく。ここはおひさまがあたってあついの。だからないてるの。ひっく。」
「そっか。じゃあ、ママがかえってくるまでこうしててあげるから。」
 そういってハーティはじぶんのくろいはねをそっとひろげて赤ちゃんをひざしからまもってあげました。
「どう?」
「うん。いいね。ありがと。」
 そういって赤ちゃんはわらいました。
「きみのほっぺにちょっとだけさわってもいい?」
「いいよ。」
 ハーティはうれしそうに目をほそめてそっとくちばしを赤ちゃんにちかづけました。
 そのとき、かなきり声がしてアイロンがとんできました。
 アイロンはハーティのおなかにあたってハーティはひめいをあげてとびたちました。
 赤ちゃんは大声でなきました。
「わーん!ママ!なにするの!」
 ハーティはふらふらととんでいきました。
 ハーティが住んでいるのは古いアパートの屋上(おくじょう)です。いのちからがらようやくそこまでたどりついて、ぶかっこうな巣(す)にたおれこみました。
 おなかはいたみましたが、もっといたんだのはむねのほうでした。
 くろいひとみからなにかがポロっとこぼれました。
「どうしてこんなにむねがいたいんだろう?それにいまぼくの目からこぼれたのはなに?」
 なかまたちにいじめられたときもそんなことはあったけど、こんどのはまたもっといたかった。
「・・さみしいなあ。」
 ハーティはふかいためいきをついて目をとじ、くちばしをはねにうずめてしずかにうずくまりました。

 To be continued … 
[PR]
by ben-chicchan | 2007-04-23 18:41 | story

迷子のライト・チャイルド

  ハバロフスクってとこはいうまでもなく寒いところだった。
 南半球用のぼくの身体には少々こたえた。脳ずいを寒気が駆けのぼってきて、ぼくの中にしんと沈む。そのあとでみるみるうちに震えがくるのだった。
 空港から郵便配達の袋にまぎれて街へ出たぼくを待っていたのは大陸的なだだっぴろい区画割りのあっさりした街だった。街にはつきものの繁華街というのが目につかない。やがて夜になれば灯りがともり、それとわかるのだろうが。
 道ゆく人はここで生きるにはこうしてゆくのがいいという風に淡々とした顔をして急ぐでもなく、ゆっくりとでもなく行き交っている。誰もかれもコートをまとい、頭にはフォックスの毛皮を必ずといっていいほどかぶっていた。
 なのにぼくの後ろ足の肉球はじかのまま冷たい大地に降ろされている。だが、身体というのは不思議なもので、少々の修正はきくらしく、ぼくがこの身体を選んだのはあながち悪い選択でもなかったようだ。
 オーストラリアの中でも割と厳しい環境の中で育つ“ぼく”に、寒いとはいえここはやさしかった。
 それにここの建物のぶ厚い石造りの壁は、ぼくに120光年前に立ち寄った琴座の衛星を思い起こさせた。
 飛行機から降りて何時間かの間に、ぼくはもうここに“とりあえず”以上の愛着を覚え始めていた。
 
 ある1軒の建物の入り口からぼくは三番目の引きずる足をはさまぬように滑り込んだ。頭から粉砂糖菓子のようになって、やがてそれが溶けて冷たくなってくるのを感じながら、ぼくは木造りの床を、階段を横目に静かに奥へと入っていった。
 なぜなら一番奥のドアが開いていて、かすかな声がしたからだ。
 ぼくの足1本分ぐらいに開いたドアの隙間からうかがうと、そこは窓がひとつしかない小さめの部屋でベッドがひとつとその横にホーローの洗面器とが置いてあり、そこにタオルがかけてあった。
 窓辺にはこの寒空の下どこから手に入れたのか、白い可憐な花が茎はたくましくひとつ咲いている。
「ぞうの足は丸太んぼう♪かばの口は肘掛け椅子♪キリンの首は火の見やぐら・・♪」
 小さな声は少し節をつけて歌っていたようだ。
 が、ドアの影の気配に気づいてこう呼び掛けた。
「フランチェスカ。ぼくもうずっとおりこうにしてたからはやく動物園に連れてって。」
 ぼくは自分に語りかけられたような気がしたのでどうしたものかと迷ったが、その時、外の扉が開いて大声と物がぶつかる大きな音がしたのに押されるように、その部屋へと入り込んでしまった。
 ぼくの目にはじめてその声の主の顔が映った。やわらかいさざめくような金髪で、瞳はアルファケンタウリの鉱石のような透き通った青緑色だった。
 彼は相変わらず言った。
「ぼくね、もうこの歌100万べんも歌ったよ。あとどのくらい歌ってればぞうのひげにさわれるの?」
 その時、ぼくはようやっとその透き通った瞳に光がないのに気がついた。
 ぼくが前に立ってもその瞳に動きはない。
 ぼくは何と答えようかとその顔のあたりにまでかがんで鼻先を近づけた。そしてこの身体の習性のなごりでついにおいをかぐように鼻をひくひくさせてしまった。
 するとぼくのひげが彼のほおに触れて彼ははじめてビクリと体をふるわせた。
「だれ?」
 はじめ彼のように声を出すためにこの身体で踏む手順はやっかいだったが、やっとしぼり出すように彼をまねて言った。
「だれ?」
 動かなかった瞳は不思議そうにくるんとした。
 少し好奇心に上気した彼は右手をぼくの方に伸ばしてきた。ぼくはあえて動かなかった。ぼくの顔をなぜるのも。耳を引っ張るのもなすがままに。
「カンガルーだ!」
 彼は叫んだ。
「カンガルーがぼくに会いに来た!」
 それからぼくらの話は早かった。
 彼はぼくよりもぼくを知っていて、ぼくはただ、「フーン。」とか「へ〜え。」とかあいづちを打つばかりだった。
「でもぼく知らなかった。カンガルーがしゃべるなんて。」
 ぼくも知らなかった。ぼくがカンガルーだなんて。
 そうしてぼくは彼、サーシャの友達になった。
 
To be continued … 
[PR]
by ben-chicchan | 2007-01-31 18:11 | story

ケッパー・カッピー事情

 その生き物は今もいると僕はいきつけのバーのマスターに聞いた。
 マスターは涼しい顔をして時々僕を煙に巻くようなことを言う。
 その生き物とは---。僕がジンの2杯目に舌をつけた頃、マスターは言った。
「ケッパー・カッピーって知ってるかい?」
「え?だれだって?」
「カッピーさ。知らんね、そのカオじゃ。」
 僕は古いジャズトランペッターかだれかかと思い、少し興味を持って尋ねた。
「なにする人だい?」
「別に。」
「??」
 僕は言葉の意味がよく飲み込めなくて再び尋ねた。
「ジャズ?それとも小説かなんか書いた人?」
「別に何かしたってワケじゃないんだ。」
 また分からないことを言う。僕はこの遊びに慣れていたのであきらめずに聞いた。
「それじゃ知るワケない。だれさ。」
「だれでもないんだよ。ケッパー・カッピーさ。」
 僕はジンがまわっていい気分になって黙った。
「・・・。」
 かまわずマスターは続けた。客はもう初老の男が帰り支度をしているだけだった。どうやら僕はつかまったらしかった。グラスをふきながらマスターは言う。
「オレが聞いたのはマスターになりたての頃、靴磨きのおっさんからだった。あんたと同じことを聞いたよ。そしたらオレと同じこと言いやがった。」
「そう、カッピーってのはね、どこにもいるんだ。南にも北にも。水のあるところなら都会にも。東洋にもいるって言ってた。日本にも伝説のように話が残ってるらしい。」
「・・・。」
「そいつを見たことはオレもない。どんなヤツかは聞いた。それと、そう、そいつの仕業らしきことにはオレも出会った。」
「どんなことをするかって?たわいのないことさ。バスの釣り銭をごまかしたり、風もないのに木を揺らしたり。だが、たいていは罪のないことさ。」
「ところによってはこわい話になってることもある。だが、オレの聞いた限りじゃヤツはただ、オレたちの世界のとなりに生きてるだけなんだ。そしてオレたちより多くのものと話せる。イヌやネズミや自動販売機なんかとね。」
 僕はカウンターの上に肘をついて頬づえしながら、ぼんやりそいつの面影を追っていた。
「なんでかおっさんはえらく詳しかったね。きっと会ったんだろう。会って話したんだろうな。そこまで聞いたかはオレは忘れたが・・。ヤツの弱味はケッパー(フウチョウソウ科の低木のつぼみのピクルス)。食べると熱を出すって言ってた。たまたまおっさんの知ってるヤツがそうだったのかもしれないがね。いつもコートを引きずって、帽子を深くかぶっているって言ってた。髪は伸ばしっぱなしで、まぁ、一見浮浪者みたいなんだろうな。ひとつ違うのはツメが黒く長く、指の間に水カキがあるってことだ。だから、一体、どういう生き物なのかはわからないのさ。そんなのは図鑑にものってないしね。そんなに会えないし。少ないのかもしれない。それともヤツの領分とオレたちの領分が重なっているようで重なっていないのかもしれない。」
 僕はジンに入っていたレモンを頬ばって、頬づえをついたまま聞いていた。
 頬づえに似合わず、僕はずいぶん熱心になって聞いていた。
 僕のしびれた脳に、ヤツの姿が映っていた。真夜中の自動販売機と話をするケッパー・カッピー。
「どうしたら会える?」
 僕は自分でも知らずに聞いていた。
「オレが聞きたい。」
 マスターはいつもの思わせぶりな笑いで答えた。
「危なくないヤツかい?それともこっちの出方によるかい?」
「言ったろ?ただ、となりで生きてるだけなんだ。危なきゃとうに戦争になってる。」
「何のために自動販売機と話をしてるんだ?」
「ハラがへると話を食べるんだよ。」
「!?」
「ヤツは自分以外のものと話をして生きてるんだ。ただ、好奇心の強いヤツだから、オレたちのマネをしてみることもある。ケッパー入りスモークサーモンを食ったりね。おかげで熱を出したりね。」
 僕は頬づえするのも忘れてぼんやりマスターのヒゲが上下するのを見ていた。
「何のために生きてる?」
「さあね。生きるために生きてるんだろ?」
「学校なんかないのかな?」
「まわりってもんがみんな学校なんだろ。」
「ガールフレンドは?」
「そんなこと知るかよ。自分で聞けよ。」
 マスターは少し苦笑して僕にレモンスカッシュを作ってくれた。
 
 店の扉を閉めると外は満天の星空だった。冬のせいで星は凍てついたダイヤモンドダストのように鮮やかにまたたいている。
 僕はほてった頬を冷たい手で覆いながら、背中をまるめて雪道を踏みしめた。
 たんたんと。淡々と。
 ケッパー・カッピーのように、たんたんと足を右、左と前へ運びながら街灯の声を聞こうとしていた。
[PR]
by ben-chicchan | 2006-12-13 19:29 | story

鈴木銀河店

 9月とはいえ近頃の空模様は季節らしくもない。
 暑いんだか涼しいんだかジェットコースターのような寒暖の日々だ。
 そんなある日の午後、僕は会社の用で神田に来ていた。小さな印刷会社の新入社員の常で、外の用はたいがいいいつけられる。僕は営業として入ったので、よけい背広姿を重宝がられて、やれ得意先へ卸元へと遣わされていた。
 あまりに暑いので用を済ませた僕は上着も脱いで少しくらくらとした。日影へ日影へと歩いていたら、いつの間にか小さな路地に出た。
 雨後のたけのこのように次々と生えるビルの間隙をぬって、そこだけしんと湿り気がある。風鈴が下がり、名残りの朝顔の鉢が並び、僕は背中を伝う汗を感じながらほうけたように立ち止まってしまった。
 
 目の中に少し違和感を覚えてなんだろうと焦点を合わせてみると、白いペンキのはげかかった、節のみえる看板がぶら下がっていた。
 声に出して読んでみると、
 そこには
『鈴木銀河店』
 と書いてあった。
(銀河・・?)
 僕はとめどない汗を白いハンカチでぬぐいながら、ためらいがちに1歩、また1歩とその店の前へと立った。
 戦前からあるような年季の入った木造の、氷のように透き通ったガラス戸の小さな店だった。中はいっそうひそとしており、
(やっているのかな?)と思わせる。
 店の中より自分の顔ばかり映るよく磨かれたガラスの奥をのぞくと、白い頭をした貧相な老人が動いたのが見えた。
 と、同時にその老人を目が合ってしまった。
 ニコリとするでもなく、ただうなずいてうるさそうに老人は戸を開けた。
 ふいをつかれて僕は汗も引いてしまい、たちまちあわてた。
「いや、あの、・・別に・・違うんです。」
 老人はも一度一瞥をくれたが、何も言わず奥へ引っ込んでしまった。
 僕は途方に暮れて開いた戸から中を眺めるでもなく眺めた。
 これといって商品が置いてあるわけでもない。板造りの棚はほこりがかぶり、奥の方にごつごつした黒っぽい石が大小2、3、ころがっているだけだ。
 と、そこへ奥からまた老人が顔だけ出した。そして言う。
「見るのかい、見ないのかい。」
 相変わらず抑揚のない顔に声。そしてすぐ引っ込む。
 僕は自分でも思いがけず妙な気になって、
「見、見ます。」
 なんて言ってしまった。
(いったいなにを?)
 はじめ老人が座っていた奥のあがりかまちまでおそるおそる入っていき、その奥をのぞこうとすると思わぬそばにまだ老人がいた。
 多分僕はひっとかなんとか言ったのかもしれない。
 僕が入ってきたのを確認すると、さっさと老人は廊下を歩き出した。
 つきあたりは便所で、直角に曲がって廊下は続き、廊下が囲むように障子の部屋がある。入り口から想像するより、ずいぶん広い造りだ。
 僕はなんだかついお得意さんのところへ入っていくように腰を低くしてしまい、キョロキョロしながらついていった。
 つきあたりの左に階段があて、その急な階段を昇ると松模様のフスマがあった。老人はその前で陰気に待っていて、
「どうぞ。」
 とだけ言って自分はとっとと階段を降りていった。
 老人の足腰のしっかりしているのを妙に感心しながら見送って、はたと僕は困った。
(いったい何が見れるっていうんだ?商売ならいくらとるんだ?どうせいかがわしいもんだろうけど、いかがわしいなら法外な値をふっかけるに決まってる。ここはやっぱり帰った方が・・。)
 と1歩階段を降りかけた時、いきなり後ろのフスマが開いて、閉じた。
 僕は足を滑らせて階段にしりもちをついた。
 今度は冷や汗をかいているのを感じながら踊り場に仁王立ちしている男を見上げた。細面の40がらみのメガネのこれといった特徴のないごく普通のサラリーマンだった。
「ああ、今ならすいてますよ。」
「は、はぁ・・。」
 そして僕の足をまたいで降りてゆこうとするその男に、僕は尋ねた。
「あの、これ一体何が見れるんですか?」
 男は振り返ってけげんな顔をして、
「何って銀河に決まってるでしょ、ギンガに・・。」
 そう言って肩をしゃくって腕をまわしながら
「ひと月にいっぺんくらいは来たくなるよねぇ。」
 と言いつつ玄関の方へすたすた行ってしまった。
 僕はつぶやきながら立ち上がった。
「ギンガァ・・??」
「何わけの分からんこと言ってるんだァ!?」
 そして目の前のフスマを思いっきり開け放った。
「!!!???」
 
 はじめは真っ黒な霧だと思った。
 そんなようなひやりとした感触がしたような気もした。
 真っ暗だ。
 だけど何か流れている。
 皮膚の上をその流れがかすめていく。気がつくと立っていた踊り場はなくて、足元も後ろも天井も全て暗い。フスマは!?と思って目をこらすと、ずいぶん後ろに白くぼうっと浮かんでいた。
 これじゃ足元のない、暗幕をはった芝居小屋だ。
 その暗幕も古ぼけて穴がいくつもあいている。
 !!
 ようやく目が慣れてきて、僕にはその穴が時々尾を引いて流れたりするのが見えた。
「!!星だ!?!」
 いつの間にか上だか下だかそういう感覚のなくなっているのに気づく。
 たぶん大口を開けていただろう僕のななめ上に逆さまになった大黒様のようなばあさんが流れてきた。ばあさんはニコニコしながら言った。
「はじめてですかい?お客さん。」
 僕は口を開けたまま、うんうんとうなずいた。
「今日はねぇ、隕石のいいのが流れてなくってねぇ。でもね、ほら、平日の昼はすいてていいでしょう。」
 そういって僕の相づちも待たずにまたすーっとばあさんは流れていった。
「ああ、そうそう、地球には降りないでくださいよ。必ずフスマから帰るんですよ。今日はあすこは恐竜時代ですからね。」
 僕の耳にばあさんの声だけが残った。まわりをよく見回すと、幾人かは僕以外の客がいた。僕のようにキョロキョロしているのも、目を閉じて瞑想にふけっているのもいた。
 何時間ぐらいそこにいたのか、僕には分からなかった。
 入る前よりももっとほうけたようになって、僕は店を出た。
 キツイ日差しに思わず手をかざした。遠くから街のざわめきが僕の方へ返ってくるようだった。時計を見るとなんのことはない、15分しか経っていない。
 僕はもう一度店を振り返って刻み込むように見つめてから歩きだした。心なしか手足の先までだんだんと気力が充ちてくるのを感じながら。

 それから僕は何かと神田方面に用を作り、しばしば店へ向かった。そうしているうちに利用客の一人からうわさを聞いた。
「どうやら移転するようですよ。ここ。」
「えっ?・・・いったいどこに?」
「さぁ・・じいさんもばあさんも分からないって言うばかりでね。」
 それはいつも、“思っていた”ことだった。行くと消えている店の夢を何度見たことか。
「どうしてでしょうね?」
「さぁ・・どうしようもないとは言ってましたけどね。」
 それからさらにふた月経った頃、僕はまたあの角を曲がってその路地へ入った。とたんに異変を感じて立ち止まった。
 看板が違う。
 そこには
『鈴木クリーニング店』と面白くもなんともなく書かれてあるのだ。
 来る時が来たと思った僕は、そうなるとどうなるのか見届けたくなって店をのぞいた。中はすっかりクリーニング店で、だけど、あの老人がむっつり仕事をしていた。
 少し拍子抜けして戸を開けると、老人はジロリと例のごとく見ただけで、仕事の手は止めない。
「今日は銀河はやってないんですか?」
「・・・。」
「おばあさんはいらっしゃいますか?」
「ウチはクリーニング屋だよ。クリーニングかい?そうでないのかい?」
「・・・。」
 僕は相変わらずとりつくしまのない相手にあきらめて戸を閉めた。
 歩きながら僕はこの日が来るのが分かっていたのに、何もあの店のことを知らなかったのにがくぜんとしながら、一方でそれを当然のようにも思っていた。
 あの店に来る客たちは、はんで押したように何も聞かなかった。驚きはすれど、なぜかいつの間にか暗黙の了解のようにおとなしく仲良く銀河に浮かんでいた。客同志名前を聞くこともなかったのだ。
「空間が閉じたのかな・・。」
 僕はぼんやりこう思っていた。
「と、いうことはどこかでまた、肉屋の押し入れなんかで店が開くんだろう。」
(ただ、肉屋が気がつけばのことだけれど・・。)
 僕は思いながらあの福々しいばあさんの顔を思い起こしていた。

[PR]
by ben-chicchan | 2006-09-20 16:45 | story

エンジェル・フライ*9〜雨*

 オン・ブラ・マイ・フというピアノの曲がかかっていた。
 素朴な旋律のそれは雨のようにマオのこころにしみてきた。
 窓の外を水滴がつたう。
 つぶやいた。
「よく降るね。でも、こんな曲がかかると雨の日もわるくないね。」
 姿は見せないが、螢のようなぬくもりをともなってフラウが答えた。
[そう。人類の雨によく似合うね。]
「人類の雨?」
[うん。雨はにんげんのせつなさで出来ている。それがたまると降ってくる。]
「涙みたい。」
[そうだよ。]
 フランが口をはさんだ。
[地上を浄化するために降るんだ。]
「台風も?」
[もちろん。]
[PR]
by ben-chicchan | 2006-05-11 16:45 | story