空を歩く

カテゴリ:story( 25 )

さよなら地球 〜サム〜

 (さよなら!さよなら!なにもかも消え失せる。輝いていた新緑も、傷つけあった日々も。たとえ極悪非道であっても、そこにひとがいたことはこのうえなくいとおしい。戦争も破壊も、そんなことができたのはこの星があったからだ。さようなら。すべて。)
 サムは子供のように泣いた。
 横に立つアバローキテシュバラは静かにうなずいたようだった。
 (こんな日が来ることをもっと今日のように切実に知っていたなら、ひとはこうも無軌道にことを為しただろうか・・。知っていたなら・・。)
 それに対するアバローキテシュバラの答えは分かっていた。
 (数え切れない警告、信号、諭し、融合、それらを全て人間は選ばなかったというのですね?)
 アバローキテシュバラはただ黙ってそこに立っていた。
 (たとえこの旅路が高次元への素晴らしいものだとしてもわたしは泣きます。このいとおしい世界は失われる。それはわたしの一部が失われるのと一緒だ。どんなに醜いものでもこんなにもいとおしいものだとは思わなかった。)
 いたわるようにアバローキテシュバラは手を差し伸べた。
 その手をとった時、サムは一瞬にしてアバローキテシュバラの何万劫年の時を理解した。
 (この哀しみを星の数ほど経験しているから、こんなにもわたしたちに寄り添ってくれ続けたのですか・・。)

 もの言わぬアバローキテシュバラの瞳は広大で果てしなく澄んでいた。
[すべてすべて許しなさい。あらゆる事を。あらゆる人を。ただひとりの例外もなく。それはつまり、あなた自身も解き放つということだ。]
(わたしは世界ではなく、わたしを許していなかったのですね?)
[そうして闘い尽くして来た。すべてを滅ぼすまで。]
(わたしは、わたしを許していなかったのか・・・。けれどももう遅い。)
 アバローキテシュバラは蓮の花弁のようにふわっと微笑んだ。
[今、この瞬間、目覚め、解き放つなら、遅すぎることは何ひとつない。]
(えっ!?)
 アバローキテシュバラがむこうを向いた瞬間、まるで太陽が百億落ちて来たようなすさまじい光に襲われた。

 すべては蒸発し、あとかたも残らなかった。なのに、意識のなごりは真空をたなびいた。(許しということはこういうこと。歓喜というのはこういうもの。どこにも争いも痛みもない。このことをどうして分からなかったのか・・・。)
 はてしなくたなびく意識の素粒子は、やがて久遠の彼方で再び結びあう。そうして新しい進化は始まる。
 またしても始まりは始まるのだった。
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by ben-chicchan | 2006-04-05 16:48 | story

さよなら地球 〜爽太〜

「ばあちゃん、ほんとうに終わるんだね?」
「ああ、そうらしいね。」
「なにもかも?」
「そうさ。」
「あしたには?すべて?」
 ばあちゃんはもうなにも言わずに夕焼けをみた。
 爽太ももうなにも言えなかった。
 きのうから世界は崩壊を始めていた。
 たががはずれた。
 すべてをつなぎとめていたなにかがゆるんだんだ。
 これはほんとうのことなんだ。
 おとといまで明日を信じていた。まるで明日は永遠にあるかのように。
 答えないばあちゃんに向かってつぶやく。
「こんな日が来るってわかっていたら、あんなに人を傷つけるんじゃなかった・・。もう、あやまることもできない。」
「・・争うっていったいなんだったんだろう?この惑星(ほし)があったから戦争もしていられたんだ・・。」
「憎しみ合うことすらもうできなくなるんだね。」
「ばあちゃん、」
 爽太はそっと手をのばした。
「手、つないでていい?」
 ばあちゃんはうなずいて細い手首をさしだした。
「爽太、こんなことならお前も父さんや母さんといっしょに往っておきゃあよかったね。」
 爽太はすこし黙ると、首をふった。
「いいや。やっぱり生きててよかったよ。14年の人生だったけど、いろんな想いをすることができた。」
「そうかい?」
「楽しい想いもしたさ。しんどいこともあったけど。そりゃあ、もう少しいろいろ経験したかった。だけど、この地球上みんなこれから同じ体験をするんだ。これだけいっしょなら、こわいけどこころづよくもあるってもんさ。」
 ばあちゃんはかるく笑った。
「おまえは思ったより強い子だったんだねえ。大人も嘆き哀しんでこわがっているっていうのに。」
「アバローがね、言ったんだ。いっしょについててやるから大丈夫だって。」
「だれだい?それ?」
「あ、言わなかったけど、時々僕に会いに来るおじさんでどうも僕のことよく知ってるみたいなんだ。」
「どんな人?」
「なんだか白い衣をからだに巻き付けたほっそりしたひと。ほら、あんな感じの。」
 そういって仏壇の観音様をさした。
 ばあちゃんは一瞬だまって
「おまえ、今あばろうといったかい?」
「うん?」
「それは、あばろうきてしゅばらと言わなかったかい?」
「あ、そんな感じ。でも長くて覚えらんなかったから、アバローって呼んでる。」
「あほ、それは観音様じゃ。」
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by ben-chicchan | 2006-04-02 22:28 | story

エンジェル・フライ*8〜出会い*

 街には少し高台の地形があった。
 想いに引かれるようにそこに出た。駅前の高層ビルの手前の、道路の上をまたぐ橋のところまで来てマオは足を止めた。
 フラウが言った。
「ああ、あの空はいいね・・。ここじゃないところでも見たね。」
「ウン。」
 フランのささやかなうなずきも感じた。
 そういわれれば、そんな気がマオもした。
「違う星でってこと?」
「はるかな別のときと場所で。」
「たぶんマオも見てるんだよ。その頃ね。」
「もしかして、フラウやフランと会ったのははじめてじゃないの?」
「出会いなんてのはそういうもんさ。思い出せないくらい前かもしれなくても、そんなもんさ。」
 フランはそう言って飛んだような気がした。
 フラウはまだかたわらにいて少し思い入れるように橋の下を眺めていた。
「ひとがぱらぱらいるね。この星のひとが。」
「他の星もなつかしい?」
「ううん。いつでも行けるもの。」
 そういって振り返ってきんぽうげのように笑うと、黄金色の光がまたたいた。
 そしてフラウも飛んだ。

 天使を見送ってマオはじんじんとしみるような天使時間の余韻を味わいながら、階段を降りていった。
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by ben-chicchan | 2006-03-05 09:20 | story

エンジェル・フライ*7〜天使時間*

 マオは自分の街にもどってきた。フラウと歩きながらふと、気づいた。
 耳の底がしんとするくらいの街の静けさに。ごくごくそれはありふれた日暮れかけたひととき。街はまるで正月の朝のように平けく静まり返っている。
 肩にかけたカバンをしょい直しながらその『静かな音』に耳を澄ませた。
 あ、
 と、思った。
 これが、”平和の音”なのだ。
 この家に、あの家に夕餉の支度が整えられ、新聞配達のバイクが通る。
 猫がのっそりと筆を立てるようにしっぽを立て、なんの心配もないように道を渡っていく。
 ふいにこみ上げる想いに襲われてマオは自分でも驚いた。
 フラウが気づいて顏をのぞいた。
「どうしたの?」
「フラウ、これって・・。これっていうのがね・・・平和なんだ、と想ったの。そしたら世界のどこかで明日を想えない人がいるってことを逆に急に強く感じた。ものすごくせつないこと。それって。ほんっとうに胸の底の方をきゅうんとしぼられるようなしーんとせつないこと。深ーく透き通った黄緑色のレモン汁みたいにせつない。平和の中にいると、まったくこの音に気づかないのよね。」
「音?」
「ほら、聞いて。なんて静かなんだろう。」
「・・。ああ・・。うん。」
「うっ・・。」
 道端で不覚にも嗚咽がもれた。
 背中にあたたかいフラウの手のひらを感じた。
「この静けさがすべての人の上にあったなら・・。そうでなきゃいけない。ほんとは。そうじゃない?」
「うん。そうだね。」
「そうさ。」
 フランの声もした。
「マオ、天使時間がひらいているね。フラウに触れ過ぎたんだ。」
 フランのあのグリーンの声がつづく。
「天使時間ってなに?」
 顔をぬぐいながらコドモのようにきいた。
「天使に通じてしまう瞬間のコト。どんなに遠くにいても天使にはそれがわかって瞬時にそばに引き寄せられる。こんな風に。」
「ふーん・・。」
 なにを言われているのかはよく分かっていなかった。
 ただ、マオはその時真っ平らな天のくにの音を聞いていたのだ。
「ああ、そういえば天使がいてもおかしくないような空だ・・。」
 そういって泣き笑いした。

To be continued…
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by ben-chicchan | 2006-03-04 21:31 | story

エンジェル・フライ*6〜ドーナツ*

「わたしはあのピンク色のチョコののったやつね。」
フラウのいうそれと、自分のとをトレイにのせて
ほおづえをついてニコニコ手を振って待っているフラウのところへ運んだ。
「あっ、やだ、それもいい!半分コする?」
マオの選んだブラウンシュガーのドーナツにも狂喜している。
(わっかだからかな?こんなにはしゃぐの・・)
マオはあきれながらフラウに聞いた。
「天使、もの、食べるの?」
マオの了解を得る前にすでに手を伸ばしたブラウンシュガーにまみれながら、
フラウは我に返ったようだった。
「ごめん。ドーナツってだめなんだ。昔アメリカの田舎で小さな家のママが作ってるの初めて見て、その家があまりにしあわせに満ちてたもんだから・・。その家は貧しくてパパも病気だったけど、子供達もパパもママもとてもしあわせだったよ。天使はしあわせに弱いんだ。ものを食べてるんじゃなくて、しあわせの記憶を食べてるの。」
「へ〜え。しあわせの記憶かあ・・。」
「フランはサイダーとゼリーが好きだよ。」
「やっぱりしあわせの記憶?」
「そうね。」
そういってドーナツをほおばるフラウの顏はほんとにうれしそうな小さな少女のようだった。
マオは久しぶりにそんなささやかなしあわせを思い出した。

「マオ!」
背中をぽんとたたかれた。
「ともだち?」
ヤエやサヤカたちがドーナツの乗ったトレイを持って立っていた。
「ああ、と、ともだち。」
「ハーフ?」
「う、うん。そんな感じ・・。」
フラウはドーナツを持ったままゴールデンスマイルを浮かべた。
みんなつられて笑った。
彼女たちは空いている奥の席へと向かっていった。
フラウは無邪気な満面の笑みで手を振り続けた。
みんな振り返りながら笑い続けた。

「驚いた。」
「なにが?」
「サヤカたちがあんな笑顔をしてるよ。」
「笑顔はうつるんだよ。しあわせはうつるんだよ。無敵。赤ちゃんは無敵でしょ?赤ちゃんが笑う時って生きていることがただうれしいから。それを見た人、笑顔がうつるでしょ?無敵の時は敵意がないから、相手にはわかるんだよ。自分が嫌われてないって。」
「サヤカのこと嫌いじゃない?」
「あたりまえじゃない。人を嫌うのは人だけだよ。」
「えっ?そうなの?」
「人と人を分けるのも、しあわせとふしあわせを分けるのも、人がつくったゲームのルールだよ。ほんとはそんなルールどこにもないけど。だからユニークだよね。おもしろいよね、人って。ジブンでふしあわせをつくって嘆いているんだよ。」
ほんとうに可笑しそうに、でもちょっと切なそうにフラウは笑った。

To be continued…
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by ben-chicchan | 2006-02-11 13:05 | story

エンジェル・フライ*5〜フラン*

フラウがふと海を見た。
その視線の先をマオも追う。
海の上を何かがやってくる。海鳥が鳴く。
銀髪の少年のようなものに見えた。
フラウはちょっと肩をすくめて息を吐くと唇の右端を上げた。
波を踏んで歩いて来るその少年らしきものは、
どうやらこちらに向かってまっすぐやってくるようだった。
「あ・・るいてる・・よ。水の上・・。」
マオの口は開いたままだった。
フラウのところまで来て呼んだ。
「フラウ。」
「きたの?相変わらず水の上が好きね。」
フラウは彼としゃべっている。
マオは面と向かい合ったフラウとその少年を口を開けたまま交互に見比べた。
フラウはマオを見た。
「フラン。わたしのツインソウル。」
フランはそっけなく相づちを打った。
「?・・おとうと?」
「うーん、わかりやすくいえば双子。別に男の子じゃないわ。わたしも女の子じゃないけど。」
「え??そうなの?・・・あの・・そういえばフランも羽根、ないね。」
「ほんとはね、けっこう羽根を仕舞った天使は多いんだよ。ここだけの話。」
フラウが急に小声でいたずらっぽくささやいた。
フランのたんたんとしたでも奥に温もりのあるグリーンの声がつづく。
「・・ツインはね、ふたりでバランスをとってる。フラウはぼくにないものを持ち、ぼくはフラウにないものを持ってる。好みも全然違う。だから片っぽだけだとツインでない天使からすればちょっと型破りなのもいるんだ。」
「ふーん・・。ね、そんなにうじゃうじゃいるもんなの?天使って・・。」
フラウは面白そうに笑った。
「人間だってあんなにうじゃうじゃいるんだもの、天使がちょっとはいたっておかしくないでしょ?どうする?これから。」
「・・フラウのセーターを買いに行こうと思うんだけど・・。」
寒空に薄い布一枚のフラウは笑った。
「じゃ、店までは消えてればいい?」
「う、うん。」
「フラン、」
フラウはフランに呼び掛けると、ふたりは消えていった。

マオは脇や後ろを時々振り返りながら幕張の駅へと向かった。
フラウが笑った。
[挙動不審だよ。]
「だって。ふたりもいるんだもん。フランとは会ったばかりでロクにしゃべってないし。落ち着かないよ。」
[じゃ、着いたら呼んで。それまで解散ね。]
「えっ?フラウ?」
もう返事はなかった。

船橋の駅ビルでセーターを見た。
色の白いフラウにはこれが似合うだろうと手に取ったのは
薄紅色のふわふわしたセーターだった。
(ほんとに呼んだら来るんだろうか?)
「フラウ?」小声でそっと呼んだ。
[・・わたしはこっちがいいかな〜。]
その先の陳列棚の萌葱色のセーターの袖が手招きしている。
「着てみる?」
[OK]
Gパンも見繕って更衣室にひとりで入った。
フラウの笑顔が鏡に映って輝いていた。
「フランは?」
「ああ、そのへんウロウロしてるわ。街は久しぶりだから物珍しいのよ。」
「フランの分買わなくていいの?」
「フランはわたしよりクールだからそういう真似はしないわ。別につめたいわけじゃないのよ。えーと、とつき・・とっつき・・」
「とっつきにくい?」
「そうそれ。気にしないで。出て来るだけまだいい方。マオにきっと興味あるのよ。」
萌葱色のセーターとGパンの支払いを済ますと、マオはそれを持ってまた更衣室に入った。
更衣室からセーターを来たフラウとマオのふたりが出て来るのを店員は不思議そうな顏で見送った。

「なんだかやっと落ち着いた。どっかでお茶する?」
マオはやっとほんとのともだちのような感覚でフラウと歩けるのでウキウキしていた。
「あっ!ね!あそこに入りたい!」
フラウがマオの腕をつかんで叫んだ。
ドーナツ屋だった。

To be continued…
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by ben-chicchan | 2006-02-03 16:55 | story

エンジェル・フライ*4〜キト*

 週末。朝早く、マオは幕張の海浜公園に行った。ひとりで。
 正確にはふたりで。
「東京湾だからね。蒼々ってワケにはいかないケド。海は海だよ。」
 電車でつぶやくとひとりごとのようだ。
 フラウが笑ったようだった。そばにぼうっとぬくもりがまたたく。

 人工の浜は殺風景だが、それでも潮風が開放的な気分を誘う。
「ああ〜・・。」マオは大きく伸びをしながら波打ち際まで行って腰を降ろした。
「波って不思議だね。見てると妙な気分になる。時間がなくなる。」
[ウン。]
 トリが舞う。ひとはいない。
 気がつくととなりにフラウが座っていた。
 フラウはヒメジョオンのようなひそやかな笑いを含ませながら羽根をたたんだ。
 そしてそれを深呼吸して背中に吸い込んだ。ようにマオには見えた。
 羽根が消えていた。
「えっ!?どういうこと?」
「教わったの。こうして人に紛れることも出来るって。」
「だれに?」
「天使仲間。」
「へーっ・・・。」
 あきれたようにマオはフラウの後ろにまわって背中を確かめた。
 羽根がきれいになくなっている。
 どこからみても人間だ。少し輝いているのをのぞけば・・。
「あっ、いけない。」
 そういってフラウは照明を落とすように発光の具合を落とした。
「ほんとだ。」
 可笑しくなってマオは笑った。
「そんなこと教えてくれる仲間がいるんだ。」
「キトはそうして地球上くまなく歩いたそうよ。飛ばずに。」
「へ〜え。」
「彼が特に忘れられないのはアレキサンダーの時代の都だと言ってた。
今でいうアフガニスタンのあたりのね。」
「ふーん。」
「それはそれは立派な城壁に囲まれた街で、円形劇場や神殿や王宮があったって。様々な民族がいて学校もあった。キトは長いことそこに滞在していたんだけど、やがてそこは遊牧民族に滅ぼされてしまったんだって。キトは動くもののいなくなった街を丘から一週間見つめていたそうだけど、やがてそこからまた歩いて長い旅に出たの。」
 マオは一瞬キトが丘から見下ろしているのが見えるような気がした。
 さぞやせつなかったろう。
「どうして歩いて旅をしたの?」
 くくくくと可笑しそうにフラウは笑うと、
「さあね。天使には好奇心の強い物好きもいるから。」
 マオも可笑しくなって、目の前のフラウをこづいた。
「ほんとだ。ここにも。」
 なんだか愉快になってしばらくふたりで笑い合った。
「フラウ。でもそのかっこうはマズイよ。それにその金髪。
髪は染めて服をなんとかしないと。」
 フラウは気がついたように笑うと、ウインクした。
 するとみるみるうちにブルーグレーの瞳に力強い漆黒の色がともり、髪の色もシックにトーンを落としてきて、気がついたらほとんど黒髪になってしまった。
「いや、おっどろいた。ホントニ?自由自在ってこんなことまで?」
「服はちょうだい。」
 あまりに素直な無心にマオは吹き出した。

To be continued‥
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by ben-chicchan | 2006-01-02 12:40 | story

エンジェル・フライ*3〜秋風*

 その日は秋の色が濃くなって、夜は底冷えがした。
 ひとりで部屋にいたマオは自分の胸にしのびこむ秋風を感じていた。

「ああ、むねが痛いよ。フラウ。そこにいる?いるならただ、そっと手をにぎって。」
 机につっぷしたマオの手が蛍がともるようにじんわりあたたかくなった。
 フラウだった。
「あったかくて泣けてくるなあ・・。」
 姿は見えないがそこにいるのがわかった。
「そこにいてくれる・・。
そうやってそっと手をにぎってくれたら、やっていけるような気がする。」
「やすあがりだね。」
 フラウの金の巻き毛がぱさりと首筋にかかった。
「フフフフ。」泣き笑いだ。
「どうした?」
「どうしたってひとりなんだ。例えもし好きな人とうまくいっても、家族がいても、ともだちがいても、このむねの真ん中の洞くつに吹く風のような孤独にむねを締め付けられる。いったいどういうこと?」
「それがその器に生まれ落ちるってことだからよ。」
「どういうこと?」
「大きないのちをわけたものだから。」
「だから寂しいっての?」
「ひとっていきものは哀しみに生まれて喜びにむかっているものだから。」
「?」
「分かたれた哀しみはやがてひとつになる喜びのためにあるの。
その痛みの奥をよくみてごらん?哀しみの皮をかぶったぬくもりもあるはずよ。」
「そんなのだめだよ。哀しみの海だよ。」
 フラウが背中に手をやったのがわかった。
 ゆっくりまるで赤んぼうにするようにさすっている。
 じっとされるがままになっていると、なんだかむねの真ん中の氷のような固まりが溶けてくるようだった。
「ひとはひとりなんだ。どんなに恵まれてても、しあわせでも。それは変わらない。
だけどね、さすられてごらん?こうして万年雪のようなむねにつまった固まりも溶けることもある。ひとの手はなんのためにあるの?ひとをあたためるため。抱きしめるため。それがマオにもできるって、ほんとはスンゴイことなんだよ。」
 スンゴイなんていう天使に可笑しくなって、マオは思わずくっくっくと肩をふるわせた。

To be continued…
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by ben-chicchan | 2006-01-01 15:12 | story

エンジェル・フライ*2〜菩提樹*

 月曜日。 ヤエが近寄ってきた。
「おはよう。」
「おはよ。」
「おとといのニュース見た?」
「なんの?」
「ほら、天使が現れたとかなんとか。」
「ああ、」
 フラウのバラの香りがマオの鼻をくすぐった。姿を消して学校へ一緒に来ている。
「なんなんだろねー。ニュースもたまにはいいのやるじゃん。」
「そうだね。」
「あれ?」
「え?」
「マオ、髪切ったんだ!いつ?」
「きのう。」
「なーに?なんかあった?」
 ヤエはニヤニヤと面白そうにマオの顔をのぞきこんだ。
「別に。気分転換だよ。」
「ふーん。」
 そういってマオの横に座り込んでヤエはため息をついた。
「なに?どうしたの?」
「きいてよ。またあいつら。人のことのけものにして笑ってる。」
 クラスのサヤカたちのことだ。いつも誰かをターゲットにしてひそかに冷たく笑い者にしてうさをはらしている。
「今度はヤエなの?けっこう仲良くやってたじゃない。」
「そんなの表面上だよ。うまくつきあわないとさ、クラスにいづらいじゃん。」
 廊下にサヤカたちの笑い声が響いてきた。
「またね。マオとしゃべるとほっとするよ。」
 そういってヤエはチャンネルを変え、テンションをあげてサヤカたちのところへもどっていった。
[なんだかたいへんだね。]
 フラウの声が内に響いた。
(ウン。)
[どっちもね。]
(ウン。)

 昼休みは表へ出た。教室で食べると息がつまる。校庭の中庭の菩提樹の下がマオのお気に入りだった。
[いい樹だね。好きだった修道院の庭にもあった。]
 今日はフラウとふたりだ。
「修道院にいたの?」
[そう。50年くらいかな。好きなシスターがいたの。]
「へえ。」
[その人はそばによるととてもあたたかくていい香りがした。]
「フラウみたいじゃない。」
[フフ。その人がね。こんなことを言ってた。]
「・・。」
[たったひとりのその人のために。]
「たったひとりのその人のため?」
[うん。]
「どういう意味?」
[目の前のたったひとりのためにわたしはそこにいるって言ってた。その二度とないその時にわたしがその人とともにいるのは、わたしがその人のために何かができるからなんだって。]
「できるって何を?」
[例えばどこかが痛いならさすってあげたり、こころが苦しいなら話をきいてあげられたり、そっとしてほしいならこころでともにありながらそっとしておいてあげられるってこと。その人がその時一瞬でも本来のその人であることができた時、わたしがここにいる意味があるって。]
「ここにいる意味?」
[そう言ってたね。そのシスターは。]
「ここにいる意味、なんて考えたこともなかった・・。」

To be continued…
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by ben-chicchan | 2005-12-05 18:17 | story

エンジェル・フライ*1〜フラウ*

 月を見ていた。
 満月に近い月だった。
 マオは本屋に寄るために津田沼駅に降りたところだった。
 あまりにもうつくしすぎて少し常軌を逸したようなその月は、天空にいつもよりも存在感を増して黄金がかった光を放っていた。
 つい、そこが雑踏であることを忘れて足を止めて見上げてしまった。
 急に立ち止まったので後ろの人がぶつかりそうになった。上の空であやまりながら目は月から離すことができなかった。
 月は周囲の雲を照らしてドラマティックにその空間に奥行きをつくっている。
 少し胸騒ぎがしてそこから動けなかった。
こんな月の晩は、何があっても信じられる気がした。
 そして、それは来た。
 
 初めは鳥だと思った。
 ちょうど月を背にして来るので気づかない人の方が多かった。マオが突っ立ってある一点を凝視しているのに気づいて、そっちを見る人がちらほら出始めた。 
 近づいて来るそれは思いのほか大きい。金色の巻き毛が垂れている。
 翼はゆうに左右で2mくらいに見えた。
 雑踏の動きがにぶくなり、立ち止まる人が増え始めた。
 ざわめきが起こる。
 マオはその中心で言葉を失っていた。
 それはまっすぐとこちらに向かってくる。
 期待のようなものとおそれとで凍りついたようにマオはそこから動けなかった。
「なんだあれ!」
「天使じゃないか?」
「なに?」
「うそー!」
 次々に声があがる。
 もう、他にそれを呼ぶ言葉はなかった。
 ”天使”はマオの真ん前に羽ばたいてりんかくを光らせながら降り立った。絵に描いたような金色の巻き毛で鳶色の瞳のうつくしい女性だ。あごはきゃしゃでほおとくちびるがほんのりと紅い。まっすぐにマオを見ている。
「キャー!!」
 群集からまるでアイドルに出会ったように声があがった。
 それには無頓着に天使はマオの手をひっぱると舞い上がった。
「えっ!?」
 みるみるうちに高く浮かぶとあっという間に人々の声は遠くなっていった。羽根もないのに天使に手をつかまれているとマオまで飛んでいる。
 起こっていることをまるで確かめるようにマオは胸に抱き締めたバッグをつかむ手に力を込めた。
 風がきつくて息が苦しい。
 咳き込むと、天使は気がついたように飛ぶ速度をゆるめた。
 そうして徐々に灯りの少ない空間へと高度を下げていった。
 降りていったのは緑の多い場所だ。
 覚えのある香りがする。バラの香り。
 それはマオの自宅にほど近いバラ園だ。通い慣れた散歩コース。まさか空から、しかも天使と降り立つなんて夢にも思ってもいなかった。閉園後で人気はない。
 ちょうどバラの季節。きのうも来たばかり。
 でも夜の閉園後なんて入ったことはない。向き合った天使は見とれるような微笑みを浮かべたかと思うと、バラの香りを胸いっぱいに吸い込んでくるくるとそこで舞い始めた。マオはうっとりとそれを眺める。
 天使はバレエを踊るようにかろやかにうれしそうに舞うともう一度マオのそばに来て笑った。
「マオ、見つけた。」
「え?」
「ずっと上の方から見えた。わたしを見たでしょ。」
 マオはかぶりを振った。
「見てない。見えるわけない。」
「見たのよあなたのここが。」
 そういって天使はマオの胸を指す。
「フラウ」
 そういって彼女はバレエ風におじぎをした。
「名前?」
「そう。」
「見られると?姿を現すの?」
 フラウは首をかしげていたずらっぽく笑っている。
「なにしに来たの?」
「好きなの。」
「なにが?」
「マオみたいのが。」
「きいたことない。」
「なにが?」
「天使が駅に降り立つなんて。」
「そう?」
「見られていいの?」
「まずかった?」
「まずいわよ。大騒ぎよ。」
「そうなの?」
 マオはちょっと可笑しくなった。
 この天使は世間知らずなんだろうか。

「フツウ人前にあんなに派手に現れないもんだと思うけど。」
「わかった。今度からそうする。」
 そういってフラウは無邪気に笑った。
「なんでわたし?」
「天使好きするたましいを持ってる。」
「それってどんな?」
「ひとつ。空が好きでよく空ばかり見てる。そうすると目が合っちゃう。」
「へえ?」
「ひとつ。バラが好きでバラが咲くと必ずバラに引き寄せられる。」
「バラ?」
「バラって天界のものなの。知ってた?」
「ううん。」
「ひとつ。ひとの悪口がいえない。」
「うーん・・・。」
「けんそんすることないわ。ばれてるわ。まだききたい?」
「いえ。それよりあなたのこときかせて。どこから来たの?ほんものの天使?」
「天使っていうのは天から来るものよ。羽根、さわってみる?」
「いいの?」
「ほら。」
 そういってフラウはくるりと後ろを向いた。
 ふさふさした羽毛でしっかりした手応えがあった。フラウは面白そうに羽根をひらいてみせた。
「重くないの?」
「マオは自分の手が重いなんて思う?」
「ううん。」
 フラウは楽し気に笑うと少し羽ばたいて地上10cmくらいを浮遊しながら移動し始めた。
 なんとなくそれについていく。
「家まで行くわ。」
「えっ!!それはやめてよ!家族が卒倒する!」
「見えなければいいでしょ?」
「え?」
 そういうとフラウはすうっと薄く霧のようになって消えていった。
「フラウ?」
 あわててマオは呼んだ。
「いる。ここ。わかる?」
 そういってマオの手をにぎる。
「そんなことできるんだ。」
「いくらでも。自由だわ。わたしがそばにいると見えなくてもわかるわよ。」
「うん。」
 たしかに目には見えないが白熱灯がともっているようなあたたかみと、うっすらとバラのようなよい香りとを感じた。
「いこ。」
 マオは不思議な胸のぬくもりを覚えていた。まるで友達を家に連れて帰るようだ。会ったばかりなのに。しかも天使なのに。

「ただいま。」
 家に帰ると弟のユウが興奮した様子でマオに叫んだ。
「ねえちゃん!津田沼に天使が出たってよ!高校生をさらっていったって。」
 内心ギクッとしながら、とぼけた。
「へーなにそれ。なに言ってんの?」
「ニュースでやってるよ。見てみなよ。」  
 父も母も食卓を囲んでテレビをつけて見入っていた。マオもちょっとドキドキしながらテレビのそばに寄っていった。
「・・模様です。目撃者は多数で連れ去られた少女の身元は不明です。髪は肩までありGパンにグレーのカーディガン。お心当たりの方は最寄りの警察まで・・。」
「ああ、お帰り。」
 母が振り返って言った。
「なにこれ?」
「天使が出て人をさらったとか。エイプリルフールじゃあるまいし。お風呂わいてるわよ。」
「はーい。」
 そういってマオは自分の部屋に引き上げた。
「くっくっくっく。」
 フラウもいっしょになって笑うのを感じた。
「ひとさらいになってるよ。」
「ほんと。姿は見せないほうがいいんだ。」
「あったりまえじゃん。まったく。明日髪、切りにいこ。」
「なんで?」
「変装。」

To be continued…
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by ben-chicchan | 2005-11-23 16:47 | story