空を歩く

<   2006年 09月 ( 2 )   > この月の画像一覧

鈴木銀河店

 9月とはいえ近頃の空模様は季節らしくもない。
 暑いんだか涼しいんだかジェットコースターのような寒暖の日々だ。
 そんなある日の午後、僕は会社の用で神田に来ていた。小さな印刷会社の新入社員の常で、外の用はたいがいいいつけられる。僕は営業として入ったので、よけい背広姿を重宝がられて、やれ得意先へ卸元へと遣わされていた。
 あまりに暑いので用を済ませた僕は上着も脱いで少しくらくらとした。日影へ日影へと歩いていたら、いつの間にか小さな路地に出た。
 雨後のたけのこのように次々と生えるビルの間隙をぬって、そこだけしんと湿り気がある。風鈴が下がり、名残りの朝顔の鉢が並び、僕は背中を伝う汗を感じながらほうけたように立ち止まってしまった。
 
 目の中に少し違和感を覚えてなんだろうと焦点を合わせてみると、白いペンキのはげかかった、節のみえる看板がぶら下がっていた。
 声に出して読んでみると、
 そこには
『鈴木銀河店』
 と書いてあった。
(銀河・・?)
 僕はとめどない汗を白いハンカチでぬぐいながら、ためらいがちに1歩、また1歩とその店の前へと立った。
 戦前からあるような年季の入った木造の、氷のように透き通ったガラス戸の小さな店だった。中はいっそうひそとしており、
(やっているのかな?)と思わせる。
 店の中より自分の顔ばかり映るよく磨かれたガラスの奥をのぞくと、白い頭をした貧相な老人が動いたのが見えた。
 と、同時にその老人を目が合ってしまった。
 ニコリとするでもなく、ただうなずいてうるさそうに老人は戸を開けた。
 ふいをつかれて僕は汗も引いてしまい、たちまちあわてた。
「いや、あの、・・別に・・違うんです。」
 老人はも一度一瞥をくれたが、何も言わず奥へ引っ込んでしまった。
 僕は途方に暮れて開いた戸から中を眺めるでもなく眺めた。
 これといって商品が置いてあるわけでもない。板造りの棚はほこりがかぶり、奥の方にごつごつした黒っぽい石が大小2、3、ころがっているだけだ。
 と、そこへ奥からまた老人が顔だけ出した。そして言う。
「見るのかい、見ないのかい。」
 相変わらず抑揚のない顔に声。そしてすぐ引っ込む。
 僕は自分でも思いがけず妙な気になって、
「見、見ます。」
 なんて言ってしまった。
(いったいなにを?)
 はじめ老人が座っていた奥のあがりかまちまでおそるおそる入っていき、その奥をのぞこうとすると思わぬそばにまだ老人がいた。
 多分僕はひっとかなんとか言ったのかもしれない。
 僕が入ってきたのを確認すると、さっさと老人は廊下を歩き出した。
 つきあたりは便所で、直角に曲がって廊下は続き、廊下が囲むように障子の部屋がある。入り口から想像するより、ずいぶん広い造りだ。
 僕はなんだかついお得意さんのところへ入っていくように腰を低くしてしまい、キョロキョロしながらついていった。
 つきあたりの左に階段があて、その急な階段を昇ると松模様のフスマがあった。老人はその前で陰気に待っていて、
「どうぞ。」
 とだけ言って自分はとっとと階段を降りていった。
 老人の足腰のしっかりしているのを妙に感心しながら見送って、はたと僕は困った。
(いったい何が見れるっていうんだ?商売ならいくらとるんだ?どうせいかがわしいもんだろうけど、いかがわしいなら法外な値をふっかけるに決まってる。ここはやっぱり帰った方が・・。)
 と1歩階段を降りかけた時、いきなり後ろのフスマが開いて、閉じた。
 僕は足を滑らせて階段にしりもちをついた。
 今度は冷や汗をかいているのを感じながら踊り場に仁王立ちしている男を見上げた。細面の40がらみのメガネのこれといった特徴のないごく普通のサラリーマンだった。
「ああ、今ならすいてますよ。」
「は、はぁ・・。」
 そして僕の足をまたいで降りてゆこうとするその男に、僕は尋ねた。
「あの、これ一体何が見れるんですか?」
 男は振り返ってけげんな顔をして、
「何って銀河に決まってるでしょ、ギンガに・・。」
 そう言って肩をしゃくって腕をまわしながら
「ひと月にいっぺんくらいは来たくなるよねぇ。」
 と言いつつ玄関の方へすたすた行ってしまった。
 僕はつぶやきながら立ち上がった。
「ギンガァ・・??」
「何わけの分からんこと言ってるんだァ!?」
 そして目の前のフスマを思いっきり開け放った。
「!!!???」
 
 はじめは真っ黒な霧だと思った。
 そんなようなひやりとした感触がしたような気もした。
 真っ暗だ。
 だけど何か流れている。
 皮膚の上をその流れがかすめていく。気がつくと立っていた踊り場はなくて、足元も後ろも天井も全て暗い。フスマは!?と思って目をこらすと、ずいぶん後ろに白くぼうっと浮かんでいた。
 これじゃ足元のない、暗幕をはった芝居小屋だ。
 その暗幕も古ぼけて穴がいくつもあいている。
 !!
 ようやく目が慣れてきて、僕にはその穴が時々尾を引いて流れたりするのが見えた。
「!!星だ!?!」
 いつの間にか上だか下だかそういう感覚のなくなっているのに気づく。
 たぶん大口を開けていただろう僕のななめ上に逆さまになった大黒様のようなばあさんが流れてきた。ばあさんはニコニコしながら言った。
「はじめてですかい?お客さん。」
 僕は口を開けたまま、うんうんとうなずいた。
「今日はねぇ、隕石のいいのが流れてなくってねぇ。でもね、ほら、平日の昼はすいてていいでしょう。」
 そういって僕の相づちも待たずにまたすーっとばあさんは流れていった。
「ああ、そうそう、地球には降りないでくださいよ。必ずフスマから帰るんですよ。今日はあすこは恐竜時代ですからね。」
 僕の耳にばあさんの声だけが残った。まわりをよく見回すと、幾人かは僕以外の客がいた。僕のようにキョロキョロしているのも、目を閉じて瞑想にふけっているのもいた。
 何時間ぐらいそこにいたのか、僕には分からなかった。
 入る前よりももっとほうけたようになって、僕は店を出た。
 キツイ日差しに思わず手をかざした。遠くから街のざわめきが僕の方へ返ってくるようだった。時計を見るとなんのことはない、15分しか経っていない。
 僕はもう一度店を振り返って刻み込むように見つめてから歩きだした。心なしか手足の先までだんだんと気力が充ちてくるのを感じながら。

 それから僕は何かと神田方面に用を作り、しばしば店へ向かった。そうしているうちに利用客の一人からうわさを聞いた。
「どうやら移転するようですよ。ここ。」
「えっ?・・・いったいどこに?」
「さぁ・・じいさんもばあさんも分からないって言うばかりでね。」
 それはいつも、“思っていた”ことだった。行くと消えている店の夢を何度見たことか。
「どうしてでしょうね?」
「さぁ・・どうしようもないとは言ってましたけどね。」
 それからさらにふた月経った頃、僕はまたあの角を曲がってその路地へ入った。とたんに異変を感じて立ち止まった。
 看板が違う。
 そこには
『鈴木クリーニング店』と面白くもなんともなく書かれてあるのだ。
 来る時が来たと思った僕は、そうなるとどうなるのか見届けたくなって店をのぞいた。中はすっかりクリーニング店で、だけど、あの老人がむっつり仕事をしていた。
 少し拍子抜けして戸を開けると、老人はジロリと例のごとく見ただけで、仕事の手は止めない。
「今日は銀河はやってないんですか?」
「・・・。」
「おばあさんはいらっしゃいますか?」
「ウチはクリーニング屋だよ。クリーニングかい?そうでないのかい?」
「・・・。」
 僕は相変わらずとりつくしまのない相手にあきらめて戸を閉めた。
 歩きながら僕はこの日が来るのが分かっていたのに、何もあの店のことを知らなかったのにがくぜんとしながら、一方でそれを当然のようにも思っていた。
 あの店に来る客たちは、はんで押したように何も聞かなかった。驚きはすれど、なぜかいつの間にか暗黙の了解のようにおとなしく仲良く銀河に浮かんでいた。客同志名前を聞くこともなかったのだ。
「空間が閉じたのかな・・。」
 僕はぼんやりこう思っていた。
「と、いうことはどこかでまた、肉屋の押し入れなんかで店が開くんだろう。」
(ただ、肉屋が気がつけばのことだけれど・・。)
 僕は思いながらあの福々しいばあさんの顔を思い起こしていた。

[PR]
by ben-chicchan | 2006-09-20 16:45 | story

竜に会いたい、と思った。

どうしてか懐かしいと思った
すると突然思い出した
ルシファーが落ちた時、その場にいた
引き裂かれるように哀しかった

泣いた

落ちた魂の片割れを探して
自分の出所も忘れて
ここへ生まれた

引き裂かれたものは
ひとつになるためにある
竜がその時いたのか?
それともわれわれが竜なのか?

真実は神話として
語り継がれるしか今はない
三次元の檻の中で
異次元のファンタジアとして奏でられる
c0054168_17384911.jpg

[PR]
by ben-chicchan | 2006-09-14 17:42 |