空を歩く

エンジェル・フライ*7〜天使時間*

 マオは自分の街にもどってきた。フラウと歩きながらふと、気づいた。
 耳の底がしんとするくらいの街の静けさに。ごくごくそれはありふれた日暮れかけたひととき。街はまるで正月の朝のように平けく静まり返っている。
 肩にかけたカバンをしょい直しながらその『静かな音』に耳を澄ませた。
 あ、
 と、思った。
 これが、”平和の音”なのだ。
 この家に、あの家に夕餉の支度が整えられ、新聞配達のバイクが通る。
 猫がのっそりと筆を立てるようにしっぽを立て、なんの心配もないように道を渡っていく。
 ふいにこみ上げる想いに襲われてマオは自分でも驚いた。
 フラウが気づいて顏をのぞいた。
「どうしたの?」
「フラウ、これって・・。これっていうのがね・・・平和なんだ、と想ったの。そしたら世界のどこかで明日を想えない人がいるってことを逆に急に強く感じた。ものすごくせつないこと。それって。ほんっとうに胸の底の方をきゅうんとしぼられるようなしーんとせつないこと。深ーく透き通った黄緑色のレモン汁みたいにせつない。平和の中にいると、まったくこの音に気づかないのよね。」
「音?」
「ほら、聞いて。なんて静かなんだろう。」
「・・。ああ・・。うん。」
「うっ・・。」
 道端で不覚にも嗚咽がもれた。
 背中にあたたかいフラウの手のひらを感じた。
「この静けさがすべての人の上にあったなら・・。そうでなきゃいけない。ほんとは。そうじゃない?」
「うん。そうだね。」
「そうさ。」
 フランの声もした。
「マオ、天使時間がひらいているね。フラウに触れ過ぎたんだ。」
 フランのあのグリーンの声がつづく。
「天使時間ってなに?」
 顔をぬぐいながらコドモのようにきいた。
「天使に通じてしまう瞬間のコト。どんなに遠くにいても天使にはそれがわかって瞬時にそばに引き寄せられる。こんな風に。」
「ふーん・・。」
 なにを言われているのかはよく分かっていなかった。
 ただ、マオはその時真っ平らな天のくにの音を聞いていたのだ。
「ああ、そういえば天使がいてもおかしくないような空だ・・。」
 そういって泣き笑いした。

To be continued…
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# by ben-chicchan | 2006-03-04 21:31 | story

エンジェル・フライ*6〜ドーナツ*

「わたしはあのピンク色のチョコののったやつね。」
フラウのいうそれと、自分のとをトレイにのせて
ほおづえをついてニコニコ手を振って待っているフラウのところへ運んだ。
「あっ、やだ、それもいい!半分コする?」
マオの選んだブラウンシュガーのドーナツにも狂喜している。
(わっかだからかな?こんなにはしゃぐの・・)
マオはあきれながらフラウに聞いた。
「天使、もの、食べるの?」
マオの了解を得る前にすでに手を伸ばしたブラウンシュガーにまみれながら、
フラウは我に返ったようだった。
「ごめん。ドーナツってだめなんだ。昔アメリカの田舎で小さな家のママが作ってるの初めて見て、その家があまりにしあわせに満ちてたもんだから・・。その家は貧しくてパパも病気だったけど、子供達もパパもママもとてもしあわせだったよ。天使はしあわせに弱いんだ。ものを食べてるんじゃなくて、しあわせの記憶を食べてるの。」
「へ〜え。しあわせの記憶かあ・・。」
「フランはサイダーとゼリーが好きだよ。」
「やっぱりしあわせの記憶?」
「そうね。」
そういってドーナツをほおばるフラウの顏はほんとにうれしそうな小さな少女のようだった。
マオは久しぶりにそんなささやかなしあわせを思い出した。

「マオ!」
背中をぽんとたたかれた。
「ともだち?」
ヤエやサヤカたちがドーナツの乗ったトレイを持って立っていた。
「ああ、と、ともだち。」
「ハーフ?」
「う、うん。そんな感じ・・。」
フラウはドーナツを持ったままゴールデンスマイルを浮かべた。
みんなつられて笑った。
彼女たちは空いている奥の席へと向かっていった。
フラウは無邪気な満面の笑みで手を振り続けた。
みんな振り返りながら笑い続けた。

「驚いた。」
「なにが?」
「サヤカたちがあんな笑顔をしてるよ。」
「笑顔はうつるんだよ。しあわせはうつるんだよ。無敵。赤ちゃんは無敵でしょ?赤ちゃんが笑う時って生きていることがただうれしいから。それを見た人、笑顔がうつるでしょ?無敵の時は敵意がないから、相手にはわかるんだよ。自分が嫌われてないって。」
「サヤカのこと嫌いじゃない?」
「あたりまえじゃない。人を嫌うのは人だけだよ。」
「えっ?そうなの?」
「人と人を分けるのも、しあわせとふしあわせを分けるのも、人がつくったゲームのルールだよ。ほんとはそんなルールどこにもないけど。だからユニークだよね。おもしろいよね、人って。ジブンでふしあわせをつくって嘆いているんだよ。」
ほんとうに可笑しそうに、でもちょっと切なそうにフラウは笑った。

To be continued…
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# by ben-chicchan | 2006-02-11 13:05 | story

エンジェル・フライ*5〜フラン*

フラウがふと海を見た。
その視線の先をマオも追う。
海の上を何かがやってくる。海鳥が鳴く。
銀髪の少年のようなものに見えた。
フラウはちょっと肩をすくめて息を吐くと唇の右端を上げた。
波を踏んで歩いて来るその少年らしきものは、
どうやらこちらに向かってまっすぐやってくるようだった。
「あ・・るいてる・・よ。水の上・・。」
マオの口は開いたままだった。
フラウのところまで来て呼んだ。
「フラウ。」
「きたの?相変わらず水の上が好きね。」
フラウは彼としゃべっている。
マオは面と向かい合ったフラウとその少年を口を開けたまま交互に見比べた。
フラウはマオを見た。
「フラン。わたしのツインソウル。」
フランはそっけなく相づちを打った。
「?・・おとうと?」
「うーん、わかりやすくいえば双子。別に男の子じゃないわ。わたしも女の子じゃないけど。」
「え??そうなの?・・・あの・・そういえばフランも羽根、ないね。」
「ほんとはね、けっこう羽根を仕舞った天使は多いんだよ。ここだけの話。」
フラウが急に小声でいたずらっぽくささやいた。
フランのたんたんとしたでも奥に温もりのあるグリーンの声がつづく。
「・・ツインはね、ふたりでバランスをとってる。フラウはぼくにないものを持ち、ぼくはフラウにないものを持ってる。好みも全然違う。だから片っぽだけだとツインでない天使からすればちょっと型破りなのもいるんだ。」
「ふーん・・。ね、そんなにうじゃうじゃいるもんなの?天使って・・。」
フラウは面白そうに笑った。
「人間だってあんなにうじゃうじゃいるんだもの、天使がちょっとはいたっておかしくないでしょ?どうする?これから。」
「・・フラウのセーターを買いに行こうと思うんだけど・・。」
寒空に薄い布一枚のフラウは笑った。
「じゃ、店までは消えてればいい?」
「う、うん。」
「フラン、」
フラウはフランに呼び掛けると、ふたりは消えていった。

マオは脇や後ろを時々振り返りながら幕張の駅へと向かった。
フラウが笑った。
[挙動不審だよ。]
「だって。ふたりもいるんだもん。フランとは会ったばかりでロクにしゃべってないし。落ち着かないよ。」
[じゃ、着いたら呼んで。それまで解散ね。]
「えっ?フラウ?」
もう返事はなかった。

船橋の駅ビルでセーターを見た。
色の白いフラウにはこれが似合うだろうと手に取ったのは
薄紅色のふわふわしたセーターだった。
(ほんとに呼んだら来るんだろうか?)
「フラウ?」小声でそっと呼んだ。
[・・わたしはこっちがいいかな〜。]
その先の陳列棚の萌葱色のセーターの袖が手招きしている。
「着てみる?」
[OK]
Gパンも見繕って更衣室にひとりで入った。
フラウの笑顔が鏡に映って輝いていた。
「フランは?」
「ああ、そのへんウロウロしてるわ。街は久しぶりだから物珍しいのよ。」
「フランの分買わなくていいの?」
「フランはわたしよりクールだからそういう真似はしないわ。別につめたいわけじゃないのよ。えーと、とつき・・とっつき・・」
「とっつきにくい?」
「そうそれ。気にしないで。出て来るだけまだいい方。マオにきっと興味あるのよ。」
萌葱色のセーターとGパンの支払いを済ますと、マオはそれを持ってまた更衣室に入った。
更衣室からセーターを来たフラウとマオのふたりが出て来るのを店員は不思議そうな顏で見送った。

「なんだかやっと落ち着いた。どっかでお茶する?」
マオはやっとほんとのともだちのような感覚でフラウと歩けるのでウキウキしていた。
「あっ!ね!あそこに入りたい!」
フラウがマオの腕をつかんで叫んだ。
ドーナツ屋だった。

To be continued…
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# by ben-chicchan | 2006-02-03 16:55 | story

エンジェル・フライ*4〜キト*

 週末。朝早く、マオは幕張の海浜公園に行った。ひとりで。
 正確にはふたりで。
「東京湾だからね。蒼々ってワケにはいかないケド。海は海だよ。」
 電車でつぶやくとひとりごとのようだ。
 フラウが笑ったようだった。そばにぼうっとぬくもりがまたたく。

 人工の浜は殺風景だが、それでも潮風が開放的な気分を誘う。
「ああ〜・・。」マオは大きく伸びをしながら波打ち際まで行って腰を降ろした。
「波って不思議だね。見てると妙な気分になる。時間がなくなる。」
[ウン。]
 トリが舞う。ひとはいない。
 気がつくととなりにフラウが座っていた。
 フラウはヒメジョオンのようなひそやかな笑いを含ませながら羽根をたたんだ。
 そしてそれを深呼吸して背中に吸い込んだ。ようにマオには見えた。
 羽根が消えていた。
「えっ!?どういうこと?」
「教わったの。こうして人に紛れることも出来るって。」
「だれに?」
「天使仲間。」
「へーっ・・・。」
 あきれたようにマオはフラウの後ろにまわって背中を確かめた。
 羽根がきれいになくなっている。
 どこからみても人間だ。少し輝いているのをのぞけば・・。
「あっ、いけない。」
 そういってフラウは照明を落とすように発光の具合を落とした。
「ほんとだ。」
 可笑しくなってマオは笑った。
「そんなこと教えてくれる仲間がいるんだ。」
「キトはそうして地球上くまなく歩いたそうよ。飛ばずに。」
「へ〜え。」
「彼が特に忘れられないのはアレキサンダーの時代の都だと言ってた。
今でいうアフガニスタンのあたりのね。」
「ふーん。」
「それはそれは立派な城壁に囲まれた街で、円形劇場や神殿や王宮があったって。様々な民族がいて学校もあった。キトは長いことそこに滞在していたんだけど、やがてそこは遊牧民族に滅ぼされてしまったんだって。キトは動くもののいなくなった街を丘から一週間見つめていたそうだけど、やがてそこからまた歩いて長い旅に出たの。」
 マオは一瞬キトが丘から見下ろしているのが見えるような気がした。
 さぞやせつなかったろう。
「どうして歩いて旅をしたの?」
 くくくくと可笑しそうにフラウは笑うと、
「さあね。天使には好奇心の強い物好きもいるから。」
 マオも可笑しくなって、目の前のフラウをこづいた。
「ほんとだ。ここにも。」
 なんだか愉快になってしばらくふたりで笑い合った。
「フラウ。でもそのかっこうはマズイよ。それにその金髪。
髪は染めて服をなんとかしないと。」
 フラウは気がついたように笑うと、ウインクした。
 するとみるみるうちにブルーグレーの瞳に力強い漆黒の色がともり、髪の色もシックにトーンを落としてきて、気がついたらほとんど黒髪になってしまった。
「いや、おっどろいた。ホントニ?自由自在ってこんなことまで?」
「服はちょうだい。」
 あまりに素直な無心にマオは吹き出した。

To be continued‥
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# by ben-chicchan | 2006-01-02 12:40 | story

エンジェル・フライ*3〜秋風*

 その日は秋の色が濃くなって、夜は底冷えがした。
 ひとりで部屋にいたマオは自分の胸にしのびこむ秋風を感じていた。

「ああ、むねが痛いよ。フラウ。そこにいる?いるならただ、そっと手をにぎって。」
 机につっぷしたマオの手が蛍がともるようにじんわりあたたかくなった。
 フラウだった。
「あったかくて泣けてくるなあ・・。」
 姿は見えないがそこにいるのがわかった。
「そこにいてくれる・・。
そうやってそっと手をにぎってくれたら、やっていけるような気がする。」
「やすあがりだね。」
 フラウの金の巻き毛がぱさりと首筋にかかった。
「フフフフ。」泣き笑いだ。
「どうした?」
「どうしたってひとりなんだ。例えもし好きな人とうまくいっても、家族がいても、ともだちがいても、このむねの真ん中の洞くつに吹く風のような孤独にむねを締め付けられる。いったいどういうこと?」
「それがその器に生まれ落ちるってことだからよ。」
「どういうこと?」
「大きないのちをわけたものだから。」
「だから寂しいっての?」
「ひとっていきものは哀しみに生まれて喜びにむかっているものだから。」
「?」
「分かたれた哀しみはやがてひとつになる喜びのためにあるの。
その痛みの奥をよくみてごらん?哀しみの皮をかぶったぬくもりもあるはずよ。」
「そんなのだめだよ。哀しみの海だよ。」
 フラウが背中に手をやったのがわかった。
 ゆっくりまるで赤んぼうにするようにさすっている。
 じっとされるがままになっていると、なんだかむねの真ん中の氷のような固まりが溶けてくるようだった。
「ひとはひとりなんだ。どんなに恵まれてても、しあわせでも。それは変わらない。
だけどね、さすられてごらん?こうして万年雪のようなむねにつまった固まりも溶けることもある。ひとの手はなんのためにあるの?ひとをあたためるため。抱きしめるため。それがマオにもできるって、ほんとはスンゴイことなんだよ。」
 スンゴイなんていう天使に可笑しくなって、マオは思わずくっくっくと肩をふるわせた。

To be continued…
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# by ben-chicchan | 2006-01-01 15:12 | story

《いにしえとみらいがよみがえる》熊野&高野山-3-

 翌日、高野山まではどんどん山を上っていく。
 トイレ休憩をとる護摩壇山というところは高野龍神スカイラインの展望のいいところらしかったが、あいにく途中から雨になってきて何も見えない。肌寒い。
 ついに雨具の本格的出番かしらんと思いつつ、バスは紀州の雨けむりの山をゆく。
 
 護摩壇山から少し標高を下って目指す高野山に着いたのは11時頃だったろうか?
 雨はあがっていた。
 思っていたより開けた門前町。
 左右はそうそうたる立派なお寺だらけという一大宗教町。標高は900mはあるはずだが、門前の町並みは想像よりも現世のにおいがふんぷんとしていて観光的な外観だった。別の感心をする。人が集まるのってスゴイ。
 まずはちょっと早いが数珠屋四郎兵衛というお店で精進釜飯セットの昼食。
 これが社員食堂のような昼食会場とはうらはらにウマイこと!もう少しおなかがこなれていたらしっかと全部食べたかったがまだおなかが減っていなかった。勿体無い。
 しかし、しかし、ここで食べた高野山のごま豆腐は目からウロコのおいしさで、思わずお土産に買ってしまいましたとさ。絹ごしのような白い肌のむっちりしっとり。夢の味。これを食べてしまっては他のがごま豆腐に思えなくなってしまう。困ったな。遠いのに。
 
 そしていよいよ高野山の入り口にあたる大門へ。
 観光用の駐車場からは遠いので、今は人がここをくぐって高野山の聖域に入ることは減ってしまったかもしれないが、わたしはやはりくぐってみて門というものの果たす役割というものをあらためて感じた。
 門はやはりそこに内と外を分け、区切る役目がある。
 大門をくぐってじんわりと感じたのはほのかにかるくなるからだと足のつけねのリンパのあたりにじょじょに満ちてくるあたたかみだった。
 神社・仏閣、仏像など波動の高いものにふれるとだいたい丹田(下腹)から下に反応があることが自分で分かって来たが、それだった。そしてそれが、たたずんでいるとひそかに全身にじわあっとしみわたってきてさらにかるくなり、考える回路が閉じ、逆にみけんが張って来てからだが“ひらいてくる”ためにふうわりとふくらむようななにかちょっと“違う”感覚に浸される。
 バスで壇上伽藍に行くためにもう一度門の外へ出ると、今度は逆に水からあがったようにからだがほのかに重くなってきて肉体感覚がもどってくるのだった。
 いわゆる俗世というものと聖域との違いが顕著に感じられるのはこの門という“結界”のおかげだ。こういうものにそういう次元での本当の意味があることを肉体感覚で実際に味わい近付くことになるとは、2000年あたりまでは考えられなかったことだ。
 以前はそんなことがなかったわたしのような人までこうなってくるということが、けっこう増えてきているようなのは、変わりゆく時代の旬の現象なのかもしれない。

 壇上伽藍はまずここの守り神を祀る御社(みやしろ)へ。
 空海さんをここに導いた狩り場明神や、丹生都比売命らを祀る。
 はじめからなかなかに存在感のあるお社。
 拝んでいると崖の上にお堂のようなものが建っていて、そのそばの地面が強烈に光り輝いているというイメージが浮かんだ。
 その他今は忘れてしまったがなにかきれいなイメージが行き過ぎた。
 気になってお社を見上げた。階段を上ると近づくにつれ閉まっている格子の扉の向こうから漏れ出ている“なにか”の密度がほんのり濃くなってくるようだった。ほんのささやかなひそやかなものだがそれはこういうところで時々感じることがある少しなじみのある感触だった。
 うっかりすると感じられないような少し違う意識レベルでの。

 その先に白っぽい大きな宝塔があった。西塔だった。
 近づくにつれてそれは並み大抵ではない様相を呈していた。
 「どないしょー!」と思わず口走るほどの迫力。
 近づくことにこんなに興奮を覚えた塔は初めてだ。彩色が元々ほどこされていないのか歳月で落ちたのか、年季は入っているが、しかしあかるい白木の木材の色彩がなんとも品のいいうつくしさをはなっている。
 木立の中に人工的に作られたものとしては最大級にしっくりとなじんでいた。時をまとい。
 そして目にして近づくにつれアタマに響く印象。これってまるで“宇宙船!!(?)”丸いふくらみをもった造形のせいか、その大きさか、なぜ宝塔がそう感じられるのかうまい理屈はつかないが、その第一印象が頭蓋骨の内側に(ウチュウセン、ウチュウセン、ウチュウセン・・。)と響いていた。
 高野山の中では一番気に入った建造物だ。
 そして右手を振仰げば平成8年に塗り替えられたばかりの昭和12年再建の大塔。こちらは壇上伽藍の力(リキ)がこめられていて立派なハズなのだが、しかし西塔の存在感にはとうていかないそうになかった。

 その手前に御影堂といって空海さんの御影を祀ったお堂がある。
 元は空海さんの持仏堂。大塔のあっけらかんとテッコンキンクリートな背景を背負って対照的にそこは深々としんとしていた。
 お参りする。
「南無大師遍照金剛。」お大師さまに呼び掛ける。
 じんわりとしっくりと拝めていると、なんとなく左後ろに気配のようなものを覚えた。
 (それってお大師さま?)とふと想うとだんだんにほんとにそう思えてくる。
 お大師さまならどのようにそこにおられるかな、と想うと、にこにこしているわけではないが深ーい静かな面持ちで全て分かっておられて見守っておいでになるように感じられた。
『同行二人』というのはこういうことなのかな?とちょっと思った。それからここ高野山が空海さんゆかりの地であるということが急速に身近に感じられてくる。
 そこを離れて歩き出しても別の人々の集団を見ても、そうか、空海さんに意識をむけたとたん『同行二人』なのだと自然に感じられた。
 それは自分たちだけではなくここへくるみなさんそうで、それぞれに空海さんが寄り添っておられる。だから同時に百も千も存在している。あっちの人の後ろを行き、こっちの人の後ろにもいる。そんなイメージがごくごく自然に感じられた。

 大塔に入る時、ちょうど鐘が突かれた。後ろ向きにぶらさがるように全体重を撞木に預けるように突く。鐘の音をちょっと味わってから、中に入って御本尊の前に座った。
 ここで般若心経を唱える。
 このお経大好きだ。
 真言はモチロンだが、『不垢不浄』というところが仏教のデカさを感じさせる。
 神道には邪気を祓うということがあり、邪気というものの存在を大きくとらえている。しかし仏教はそれを越えた世界を呈示している。
 どちらもほんとだと思う。般若心経は尊い詩のような珠玉の大傑作だ。
 
 次は金剛峯寺。けっこう時間がおしてきたので、そオれエ〜という具合にそそくさと突進し、お茶とお茶菓子をかっといただいてぐるっと台所を廻って出口に出た。
 それでも要所要所ではきちんと眺めた。
 面白かったのは台所で、昔ながらで人肌が感じられ、清潔感があってダイナミックでわくわくした。変わった切り絵のようなお札をかまどの神様のところに貼ってあるのも興味深い。

 最後にバスで奥の院に向かう。いよいよ高野山のクライマックス。並みいる歴代の歴史上の人物達のお墓に参りつつ、空海さんの御廟へ!
 バスは表参道入り口の一の橋にわたしたちを降ろした。
 杉の大木が連なる苔むした平らな参道。道すがら紀州なんとか藩のなになに家というように有名なお家のお墓を見つけてはていねいに参っていった。
 やがてしばらく行くと右手に武田信玄親子のお墓があった。そこに立ってみると少しふらアとするような空間を感じた。いったい死ぬってナニ?まるで生きているようじゃないか!
 奈良の崇神天皇陵もものスゴカッタけれど、こうして死してなお、いやさらに?エネルギーに満ち満ちているというのはいったい人ってなんなんだろう?と想わざるを得ない。
 この存在感・・。
 
 さらに奥には明智光秀のお墓があって、なんだかにぎやかに参拝する集団にとりまかれていた。まるで不思議なようなくらい明るく楽しそうにお墓の手入れをしている。そこを参道から遥拝しながら、わたしは不思議な感覚にとらわれてきた。
 はじめは「やすらかにお眠りください。ありがとうございました。」
 と心の内でつぶやいていたが、途中から
「おつとめありがとうございました。やすらかにお眠りください。今もありがとうございます。」に変わってきた。そして明智光秀にもそのように拝んだ時、気がついたのだ。
 戦いすんで日も暮れて勝者も敗者もないのだった。みなここにこうして静かに眠ることになる。そしてどんな人もその背負ったつとめを果たしたのだ。
 本人の自覚にかかわらず。ここに並ぶ墓標群はその証し。
 歴史の中で悪役を演ずる運命を担ってなにをどう行なったとしても、それは大きな歴史といういきものの内臓のひとつ。細胞のひとつ。どれが欠けてもそのダイナミックな歴史という息吹きは成立しない。
 勝った負けたと一喜一憂する人の性(さが)はなんとかわいらしい小さなあがきであることか。愛らしくさえある。人の悪を責め立てることの照れくささ、恥ずかしさはだからある。
 だれしもがそのおつとめを果たすためにこの世を生きている。間違っているように見えようと、なにもしていないように見えようと、死んでしまえば
「おつとめありがとうございました。」なのだ。ひとりの例外もなく。
 たとえばお釈迦さまは死んだ者や病人を見て出家を決意された。だとしたらその死んだ者や病人はお釈迦さまを救った救世主。どころか、お釈迦さまを通じて何万、何億の人を救うことになる。意味のないひとなどひとりもいない。
 そのようにあらゆる人々のはたらきのどれもがなければ今のわたしはここにない。
 日本を動かした人々のまるで展示場のような霊場を歩いてみて、わたしの、つまり日本の霊的背景というものも感じさせられたような気がした。
 考えてみれば敵も味方もなんもかんもごっちゃにこうしてお墓(供養塔もあるらしいが)を集めているというのも途方もない。
 空海さんの、仏教の、そして日本という風土のふところの深さかなア。
 お墓というのはなんとなくわけもなくは歩きたくないところだが、ここは空海さんや空海さんを慕う人々が守っているせいか、他の人と一緒に歩いたせいか、安心して歩けた。
 歩くうちにだんだんに深くこころをこめて、感謝をこめて参るようになってきた。日本の生きた屋台骨がいまもいきいきとここに存する。
 霊界のビバリーヒルズ。高級分譲地(?)。

 愛媛松山の松平家に来た。わたしが生まれたところ。
 感謝をこめて拝む。
 浄土宗の宗祖法然上人のお墓。今、自身も仏縁を感じているが、そういえば祖母も「南無阿弥陀仏」だった。参拝する。
 大河ドラマでおなじみの面々のお墓ももちろんあった。
 秀吉は本人ではなく親族のものらしかったが、高くなったところに立派にあった。
 信長は驚くような質素なお墓で、
 派手派手しい歌舞伎ものの生涯とはうらはらで印象的だった。
「おつとめありがとうございました。」

 長い参道をようやく終点に近づいてくる。
 せせらぎにかかる橋を渡る頃には、横の参道からの人々が合流してきた。
 正面に見えてきたのがこの霊山の主人(あるじ)空海さんの御廟だ。
 御廟の手前の拝堂まできて、線香に火を焚いた。そこにそうしている間にも拝堂のほうからどうにも強い気が発散してくるのにあてられる感じでいた。
 密教らしい暗がりの濃いい空間。そこでまず一礼してごあいさつし、
 ついにその裏側の御廟へと廻る。
 なにしろキツイくらいのつよいエネルギー。
 御廟の入り口の前までくるともう言葉も心構えもなにもぶっとんでしまった。
(南無・・南無・・うううなんだっけ?思い出せない・・・。)
<↑南無大師金剛遍照と唱えようとしている>
 大師という文字は映像として脳裏に浮かんでいるのだが、それが何を意味するのかが理解出来ない。超 ド級急性アルツハイマー状態。そんな、アタマでなにかを語ることなどまるで許さないかのような強烈なエネルギーの放射を浴びていた。
 まるでお大師さんのごうごうたるエネルギーの柱のなかにただただおらしていただいているというようなたよりない有り様につきていた。
 
 厳しさ、強さ、大きさ。
 
 想像を絶するその偉大さだった。
 けしつぶのようなしょうじょう蝿のようなわたしのようなものがなんのかんのと口にすること、考えることを厳として吹き飛ばすといったような圧倒的な存在感だった。もちろん全てお見通し。そのうえでの父性愛。
 ようやくその前からはずれて回廊の角までくると、みけんのあたりからなにかが“ろう”のようにつうっと内側をほそく落ちるのを感じた。
 御廟から離れれば離れるほど、ほっ・・とこのちっぽけな自分に帰還してくるのをじんわりと感じていた。
 今想ってもあの金属的な巨大なエネルギーには言葉もない。
 縁あって話した人が、お大師さんだけじゃなくてお大師さんを慕う人の想いも大きいんじゃないですか?と言ってくれたが、それもあるのかもしれない。それにしてもなんにしてもスゴイことには変わりはない。

 旅はこうして宇宙的にひろいお大師様の祝福を受けて無事終了した。
 日本全国に伝承があり、溶け込んでいるお大師様。
 まるでこの日本を守るために降りて来た天の申し子のようなお大師さんの柱はしっかりと日本という龍の腹を支えている。
 想えば熊野の大斎原で、天地をやわらかくむすぶ深々とした大地の波動を感じ、高野山で日本の霊的パノラマを感じ、お大師様の地球的太い柱を感じたこの旅というのは、予感していた通り、“日本”というものを大きく深く感じ取る機会になったように想う。
 やたがらすは想像していたよりもずっと慈愛に満ちたはばたきをみせて導いてくれた。熊野は当初抱いていたイメージのガツーンと男性的というものとは大いに違っており、後味がなんともまろやかだった。
 
 本宮参拝の夜、泊まった川湯の宿で忘れられない光景を目にした。
 部屋の窓から見える電線にひとつがいのカラスがとまっている。
 いつまでもいつまでもそこにそうしており、ときおりお互いを毛づくろいしあうその仲むつまじい姿、それはわたしのカラスの印象を根こそぎ変えてしまった。
 その姿に今度の熊野は集約されていく。

“よみがえりの地”

 それは言葉以上の本質を語っていた。
 自分や日本や世界が行き詰まったら、このことを思い出そうと想う。
 たましいの段階でそれは刻みつけられて消えることはない。
 そして、生きて死んでじつは死んでいない日本の歴史とひとりの人柱が、今ここに在ることを確認してきた。“充分”な旅だった。
                                   -終わり-
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# by ben-chicchan | 2005-12-25 17:20 | 紀行文

《いにしえとみらいがよみがえる》熊野&高野山-2-

 今度はバスで速玉大社へ行く。着いたそこは那智大社からすると平地で、低い山は背景にあるが割と人里という立地だった。社殿はうつくしい朱塗りで比較的新しそうだ。
 女性的な姫宮かはたまた竜宮城といった華やかな感じ。
 年配の神職さんがさっそく説明くださった。
 そのあと本殿に参ろうとした時、装束をなさった若い神職さんが「御祈祷いたしますのでどうぞ。」とていねいにおっしゃった。
 これは予定外のことで御好意のままありがたく拝殿の中に導かれていった。
 拝殿にすすむとなにかおそれおおくもかしこくもなにかしら違った空気を感じ、わたしはすでにそこでじーんとしていた。
 神職さんはわたしたちのために折り畳みイスをみずから運んできてくださって言葉を発するのももったいない想いで静かにそこへ着席した。
 
 太鼓が打たれた。そして祝詞があげられた。その抑揚はアタマではなく、たましいのからだに響いて勝手にはらはらと涙が落ちた。
 ふるわれる御幣は俗世の垢を清浄にぬぐいさる。
 自分でも厄除けの御祈願をしたことがあるが、これは気休めではなく瞬間きちんと物理的(?)に祓われるものだということを実感したことがある。
 まさにそれが今なされていた。もちろんそのすぐあとに俗世にもどってしまうから多くの人は気がつかないかもしれないが、原始的感受性をもってしてみれば神道の作業の本当の意味はみえてくる。
 
 以前ここにきた人の話ではここは「お留守だね。」ということだったが、わたしもこの御祈祷を受けなければそう思ってすっと通り過ぎただけの印象だったかもしれなかった。
 神社・仏閣は人が育てるともいわれるが、神祀りによってそこは“神社”となり、天界とのつながりは深くなる。その天と地をむすぶいきいきとした場としてここと出会えたのはありがたかった。印象深いものとなった。
 
 社務所の別の神職さんはまた、もうその御祈祷の後味をそこねないばかりかさらにまあるく包み込むようなお顔で迎えてくださった。
 御祈祷してくださった若い神職さんの風情といい、ここは、あ、と思う“人”の印象的なところだと思った。
 やたがらすの素敵なお守りを手に入れた。小さな四角い黒い背景に螺鈿のように金に虹色に光るやたがらすをあしらった鈴守り。とても気に入った。
 ここでは梛の大木がシンボル的存在になっていて、榊のかわりにその梛の木の枝を使うという。帰りに寄ったその梛の木にはちょうど花の雌しべか雄しべのようなものがついていた。葉は独特のグラデーションをみせていてうつくしかった。

 それから4時半に熊野本宮で御祈願の予定。伏拝王子(ふしおがみおうじ)へまわってからバスで本宮に到着し、時間があったので参道わきの店で一服し、それから本宮の階段を上った。
 御祈願させていただく。
 せっかくここまで来たのでこの際、と思って申し込んでおいた。心願成就。
 玉串を捧げることができる。熊野本宮大社とかかれた白いうわっぱりを貸していただいて、正座した。やはり太鼓が始まる。
 しかしここの太鼓は独特な念の入ったもので、えんえんとつづいた。その鼓動を浴びているうちに、わたしの中にうねってくる衝動があった。
 自然に動きたくなる体。神に捧げる舞や踊りはそもそもきっとこういう衝動の賜物だったのではないだろうか。
 本宮の太鼓は黒々とした山や大地の地鳴りのようで、まるで黒い龍が踊っているようだった。やがてアタマは消し去られ、むねのつまりは決壊し、なにか清やかな熊野川の清流のようなものがむねを通って流れ出すのを感じていた。
 人っていうのは本来そんな存在であるのかもしれない。竹筒のような。
 申し込んだものの名が詠み上げられる。するとその人が柏手を打ってごあいさつする。こうして古い土地に祀られているいにしえの神と、今も交流する文化は尊い。
 その当たり前を忘れ、そこからあまりにも離れすぎるとどこか人はたよりなくいびつになって疲れていくような気にもさせられる。
 
 はなたれたむねの感触を味わいながら拝殿を出ると、奥の本殿の方へと向かった。
 流石に本宮といった風格を感じさせるどっしりとした造りのお社が四社、横並びに門の向こうに鎮座していた。玉砂利をすすんで順番にお参りする。
 この空間は写真も禁じられていて聖域らしいたたずまい。
 門から出て振り返ると、驚いたことに神々しいばかりの斜陽がうつくしく社殿にそそいでいた。なにかこれ以上ないようなタイミングのシチュエーションを感じた。

 記念写真を撮って石段を下ろうとして、50代くらいの神職さんに話し掛けられた。
 わたしは「ここはキャッチフレーズ通りの“人生を癒す熊野本宮”ですね。」と申し上げた。ここの本殿の門にはでかでかとそのような垂れ幕が下がっていた。
『蘇る日本!人生を癒す熊野本宮!!』
 神職さんはうなずいて、
「熊野は“よみがえりの地”ですから、疲れたらまたいつでも来て下さい。この下の方にある大斎原(おおゆのはら)はいまでもほんとうの聖地です。」
 とおっしゃってくださった。
 ちょうどこれからそこへ行く予定だった。ありがたく袖摺り合う御縁に感謝してそこを辞した。『ほんとうの聖地』という言葉が余韻を持って響いた。

 ちょっと行った河の中洲のようなところがそこだった。
 奈良の大神神社のような大きな鳥居が目に入ったが、鳥居からでなく、横から小さな橋を渡って川を越し、その地へと足を踏み入れる。
 川の景色はよけいなものがなく素朴に平和だった。神職さんの言葉からは想像はついていたがこの景色にわたしの中の鳥もさえずりはじめた。

 木立を抜けてなにげない林道のようなところをちょっといく。
 そこにその地は平けくひらけていた。

 『夏草や兵どもが夢の跡』
 『こずかたのお城の草に寝ころびて空に吸われし十五の心』
 
 といううたがわたしは昔から好きだったが、そんななにもない静かな神殿の跡地がそこにあった。緑一面ひろびろと野原になっている。
 樹々に囲まれて、そこは天園と呼ぶのにふさわしかった。
 そこに一歩足を踏み入れて、前奏曲がシンフォニーになってきたのを感じていた。わなわなと細胞にこの地の波動がしみてくる。ひとつひとつのわたしを構成する細胞が
「ああ!」と嘆息し、喜びにふつふつと沸いてくるようだった。
「そうそう、こうです、こうなのです。こんな地はこのくにに太古たくさんありました。そして今もここにこうして有るなんて、なんてこった!今ここにある!?まるで天界のようじゃアないか。」翻訳するとそんなようなわななきだった。
 今までに感じたことのある慈愛のようなものがしみてくる感覚と、ほんとうのものに触れてざわっと鳥肌が立つような感覚。そんなものが全部いっぺんにきた。
 感動にうなだれる想い。そして同時にピュアな高揚感。
 石造りの今はささやかな祀りの場に参拝している間に涙が浮いて来た。だれもいなければここで四半時号泣してもいいくらいだ、と想った。
 所有物としてではなく、この時、この土地を全身であいして融け込んだ。草も木も微生物も空も月も雲も全てこの瞬間この地というひとつの大きな慈愛に満ちた存在だった。この土地にあいされていた。
 今想えばこの地は日本という島のたおやかなある姿の象徴のようでもあり、さらにはこの星にも直結しているひとつの点なのかもしれなかった。ふるさと。その一部。わたし自身。この時の感覚、それは穏やかな歓喜だった。
 それ以外になにが要ろう。充分な想い。時もなく満たされる感覚。
 それさえあれば生きてゆける。
 場によってこれだけの想いをするとは、思ってもいなかったことだった。

 ここは一見跡地のようでいて実はたった今、なんといきいきと生きている聖地だろう。神職さんがそれをわかっていらっしゃるのがなんともこころ強くうれしかった。
 今も大事なお祀りはここでなされるという。
 わたしはもしかするとここに出会うために熊野に導かれたのではないだろうか。
 
 日本という地に覚える自信をとりもどし、深々とした満足感を抱いてその1億2000万の触手の一手に立ち返るという機会をまるで与えられにきたようだ。
 このことをもしかしたらほんとうの意味のくに(土地)のアイデンティティーというのかもしれない。それは他と争うことなどかけらもない、この世のものではないようなまるではかないような天の心地でありながら、誇り高くこの星やはるかな過去や未来に根ざす確固たるものだ。このことを想うとわたしの中に水晶のような涙のかたまりのようなものが出現する。せつないほど感動する。
 
 さらに想う。
 ほんとうに高貴なものはこの世のどんなものにも破壊されることはないのではないだろうか?
 洪水によって社殿が流された大斎原は破壊されるどころかこうも存在感のある輝きをはなつ。それは大きな自然の力のみならず、人々の恐怖にも浅はかさというものにもいえるのではないだろうかとこの時の大斎原での皮膚感覚がいう。
 観自在菩薩という意識はその高みにおられるのだろうか?不生不滅。不垢不浄。
 小さな一手は備えられた感情の波間に漂いながら、力を抜いてその支えられているものの神秘をしっかり畏敬して、ゆだねるよりないのかもしれない。
 でもそう思えるのもこうして現存する聖地に触れられたおかげで、その実在に感謝せずにはおれない。
                                 -3-へつづく


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# by ben-chicchan | 2005-12-20 14:38 | 紀行文

《いにしえとみらいがよみがえる》熊野&高野山-1-

                              2002.5.16〜19

 熊野行きはいつもの道を歩いていたら、角から飛び出して出合い頭!という急なものだった。
 
 まずは紀伊半島では一番古いというお寺に行った。
 御坊というところにある道成寺である。
「安珍・清姫」の舞台になったお寺だそうだ。聖武天皇の母、藤原宮子(藤原不比等の娘)が創立の由来になっている。
 ここの物語では、このあたりの漁師の娘であった宮子は幼い頃髪が生えず、観音様にお願いしていた。するとやがて見事な黒髪となって美しい娘となり(かみなが姫)、不比等に見い出されて養女になった、という。
 文化財級の面々が立ち並ぶお堂で御本尊の十一面観音にまずお参りする。ここはなぜか柏手を打つ。それも4拍の2拍目を音を立てないという独特のやり方。
 それから順繰りに居並ぶ仏像群を巡ってゆく。大きな正面の釈迦如来の左隣の小さな釈迦如来の御像のところで拝んだ時、けっして大きくはない御像のその大きさとはうらはらにわたしには感じるものがあった。
 なにか温度とひろがりと存在感を感じさせる“気”のようなものがはなたれていて、わたしの頭脳を停止させる。御像と自分の気のからだのようなものがふれあっていてその結果、言葉や雑念が消えていく。あきらかになにかわたしと交流している空気があった。瞬間白くなれたここでのひとときだった。

 外に出る。なんとも年輪を感じさせるしっくりと深いたたずまい。
 なのに境内の大木を仰いだ時、わたしは未来の空と空気を感じた。未来にここを知っているような気がした。
 それは、未来の時点でわたしがここに在ることを今感じて“なつかしい”という三層の時間がその瞬間たばになって存在するというようなちょっと不思議な感覚。
 2000年以降時々感じる感覚だ。
 空に未来を感じる。それはどこまでもあかるい。なんだろうあの感覚は。
 おそらくそれは未来なんだと思う。そしてそれはどういうわけか懐かしい。

 その夜は勝浦温泉のホテル浦島に沈没。
 宿は船で渡ることになっている。その趣向は面白かった。船着き場が玄関ってところがちょっと楽しい。中に入ると巨大観光ホテルらしい銀座商店街なセンスが、またちょっとずっこけたアミューズメントパークっぽくて面白い。
 ここはいろいろ継ぎ足して作っていったような無計画に増殖したような有機的なところが、日本の温泉場っぽくて独特の面白みがある。船が着いた時、ちょっと「千と千尋の神隠し」の湯屋のホテル風、と思った。
 部屋から港が見えた。今はこんなビルヂングが建ったりしているが、地形を見ると昔はさぞやほんとに竜宮城のようなところであったろうなと思わせる湾内の風景だった。

 さあお風呂だっ!!
 “忘帰洞”という海を望む洞くつ風呂と、その反対側の“玄武洞”というお風呂に行くことを計画して浴衣でぱたぱた出発した。地図によるとそのふたつは隅っこ同志で一番キョリがあった。で、気合いを入れて歩くと、忘帰洞は思いも寄らず近かった。
 とるものもとりあえずとにかく中へ。思ったより小振りだが、たしかに洞くつ風呂だ。海が見える!もどかしくからだを洗い終えると展望露天風呂へ。
 海側に行けば行くほどドドーン・・と波の反響に包まれる。
 けっこう近くまで波が立っているのにここまでは満ちてこないのが不思議。
 洞くつに響いて波がサラウンド。脳みそのしわがのびていく。サルになった心境で“忘帰洞”の意味を味わいつくしていた。
 沖の岩にくだける波が「松竹!」いや「東映?」とおなじことを一緒に入ったEさんと思っていたのが可笑しかった。
 それから“玄武洞”へと向かう。どうせまたすぐ浸かるのだからとわたしはすっぽんぽんに浴衣をはおった。だが玄武洞への道のりは思ったより長かった。玄関ロビーを横切り、カラオケボックスらしきコンテナ様のデカイ箱が並ぶ不思議な空間を抜けて新しげな別名の姉妹館のようなホテルを抜けて汗かいてきそうな頃、やっとどんづまりの玄武洞にたどりつく。その名の通りシブイお風呂だった。お湯は乳白色で忘帰洞よりやわらかい感じで温度もちょうどいい。
 だが、ちらっと海は見えるものの海側は立ち入り禁止になっていたのがザンネンだった。しかしココはすいていたのでついプカプカ平泳ぎしてしまう。狭いので落ち着くといえば落ち着く。

 遠い道のりをもどる。晩御飯は銭湯の風景画のようなあっかるい背景の舞台のある温泉場らしい宴会場だった。港にまぐろの看板があったように思うが、やっぱりまぐろ、旨かった。食べ切れないで部屋にもどる。
 眠りにつこうとすると興奮もあるのかしばらく様々なイメージが湧いてくる。
 印象的だったのは那智の滝のような滝の印象だった。他にもなんだかわからないが白っぽい様々な印象が通り過ぎた。

 翌日、バスに乗り込むと熊野に向けて出発した。
 初めは那智大社。手前で降りると、大門坂という雰囲気のある熊野古道を30分ほど登って、さらに那智大社の467段の石段を登り、やっとやっとたどりついた。
 まずは本殿を参拝し、そのあとやたがらすであるところの鴨建角身命(かもたけつのみのにこと)が祀られているお社を拝む。熊野三山をめぐるにはその先導者のやたがらすにまず参れるのはきれいなながれ。
 そして本殿の横の素敵な大木の胎内くぐり。樹の中は外から思うよりもずっとあかるく空にひらけていて、大木の胎内からはしごで天に向かって登って出るという趣向はとても気に入った。護符を書くとお炊き上げしていただける。
 三山それぞれに違った牛王神符(ごおうしんぷ)というのがあり、魔よけとされている。わたしは熊野の本宮であるところの熊野本宮大社でそれをいただくことにした。
 
 隣に西国三十三観音札所一番の青岸渡寺がある。板東と秩父の札所巡りを始めたところなのでそのそもそもの始まりであるここに来れたのもうれしかった。観音様のお導きか。さすが一番札所。存在感ありあり。
 そこを出るとすぐにここ那智大社の御神体である那智の滝が目に入ってくる。やはりちょっと、おっと思わされる神々しい水柱が緑の崖によく映えて忽然と現れていた。
 ひろびろとしたそこは第一次シャッターポイント。朱塗りの三重の塔がまたこれ以上ないような位置を選んで構図されている。
 その眼下の三重の塔まで下り、なんと中の近代的“エレベーター”の恩恵を受けてさらにまた絶好のシャッターポイントへ。それから那智の滝のそばまで降りていく。
 さらに近付くには拝観料が要る。入り口を入るとすぐ霊水が飲めるようになっていて、那智大社と金字が入った白い盃が置いてある。せっかくなのでいただいてみた。ちょっと金属的な味がした。
 御滝拝所ではコマカイ飛沫がかかるほどだった。マイナスイオンもいいところ。高くなった鳥居のあるところで拝んだ。「九天門」と書いてあり、“九頭龍”のことだろうか?そりゃあここは龍の親分さんにふさわしい御滝だ。見ていると水が昇るように見える人もいるといわれるのがなるほどそうかもしれないと思えた。
                                 -2-へつづく
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# by ben-chicchan | 2005-12-11 00:18 | 紀行文

エンジェル・フライ*2〜菩提樹*

 月曜日。 ヤエが近寄ってきた。
「おはよう。」
「おはよ。」
「おとといのニュース見た?」
「なんの?」
「ほら、天使が現れたとかなんとか。」
「ああ、」
 フラウのバラの香りがマオの鼻をくすぐった。姿を消して学校へ一緒に来ている。
「なんなんだろねー。ニュースもたまにはいいのやるじゃん。」
「そうだね。」
「あれ?」
「え?」
「マオ、髪切ったんだ!いつ?」
「きのう。」
「なーに?なんかあった?」
 ヤエはニヤニヤと面白そうにマオの顔をのぞきこんだ。
「別に。気分転換だよ。」
「ふーん。」
 そういってマオの横に座り込んでヤエはため息をついた。
「なに?どうしたの?」
「きいてよ。またあいつら。人のことのけものにして笑ってる。」
 クラスのサヤカたちのことだ。いつも誰かをターゲットにしてひそかに冷たく笑い者にしてうさをはらしている。
「今度はヤエなの?けっこう仲良くやってたじゃない。」
「そんなの表面上だよ。うまくつきあわないとさ、クラスにいづらいじゃん。」
 廊下にサヤカたちの笑い声が響いてきた。
「またね。マオとしゃべるとほっとするよ。」
 そういってヤエはチャンネルを変え、テンションをあげてサヤカたちのところへもどっていった。
[なんだかたいへんだね。]
 フラウの声が内に響いた。
(ウン。)
[どっちもね。]
(ウン。)

 昼休みは表へ出た。教室で食べると息がつまる。校庭の中庭の菩提樹の下がマオのお気に入りだった。
[いい樹だね。好きだった修道院の庭にもあった。]
 今日はフラウとふたりだ。
「修道院にいたの?」
[そう。50年くらいかな。好きなシスターがいたの。]
「へえ。」
[その人はそばによるととてもあたたかくていい香りがした。]
「フラウみたいじゃない。」
[フフ。その人がね。こんなことを言ってた。]
「・・。」
[たったひとりのその人のために。]
「たったひとりのその人のため?」
[うん。]
「どういう意味?」
[目の前のたったひとりのためにわたしはそこにいるって言ってた。その二度とないその時にわたしがその人とともにいるのは、わたしがその人のために何かができるからなんだって。]
「できるって何を?」
[例えばどこかが痛いならさすってあげたり、こころが苦しいなら話をきいてあげられたり、そっとしてほしいならこころでともにありながらそっとしておいてあげられるってこと。その人がその時一瞬でも本来のその人であることができた時、わたしがここにいる意味があるって。]
「ここにいる意味?」
[そう言ってたね。そのシスターは。]
「ここにいる意味、なんて考えたこともなかった・・。」

To be continued…
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# by ben-chicchan | 2005-12-05 18:17 | story

エンジェル・フライ*1〜フラウ*

 月を見ていた。
 満月に近い月だった。
 マオは本屋に寄るために津田沼駅に降りたところだった。
 あまりにもうつくしすぎて少し常軌を逸したようなその月は、天空にいつもよりも存在感を増して黄金がかった光を放っていた。
 つい、そこが雑踏であることを忘れて足を止めて見上げてしまった。
 急に立ち止まったので後ろの人がぶつかりそうになった。上の空であやまりながら目は月から離すことができなかった。
 月は周囲の雲を照らしてドラマティックにその空間に奥行きをつくっている。
 少し胸騒ぎがしてそこから動けなかった。
こんな月の晩は、何があっても信じられる気がした。
 そして、それは来た。
 
 初めは鳥だと思った。
 ちょうど月を背にして来るので気づかない人の方が多かった。マオが突っ立ってある一点を凝視しているのに気づいて、そっちを見る人がちらほら出始めた。 
 近づいて来るそれは思いのほか大きい。金色の巻き毛が垂れている。
 翼はゆうに左右で2mくらいに見えた。
 雑踏の動きがにぶくなり、立ち止まる人が増え始めた。
 ざわめきが起こる。
 マオはその中心で言葉を失っていた。
 それはまっすぐとこちらに向かってくる。
 期待のようなものとおそれとで凍りついたようにマオはそこから動けなかった。
「なんだあれ!」
「天使じゃないか?」
「なに?」
「うそー!」
 次々に声があがる。
 もう、他にそれを呼ぶ言葉はなかった。
 ”天使”はマオの真ん前に羽ばたいてりんかくを光らせながら降り立った。絵に描いたような金色の巻き毛で鳶色の瞳のうつくしい女性だ。あごはきゃしゃでほおとくちびるがほんのりと紅い。まっすぐにマオを見ている。
「キャー!!」
 群集からまるでアイドルに出会ったように声があがった。
 それには無頓着に天使はマオの手をひっぱると舞い上がった。
「えっ!?」
 みるみるうちに高く浮かぶとあっという間に人々の声は遠くなっていった。羽根もないのに天使に手をつかまれているとマオまで飛んでいる。
 起こっていることをまるで確かめるようにマオは胸に抱き締めたバッグをつかむ手に力を込めた。
 風がきつくて息が苦しい。
 咳き込むと、天使は気がついたように飛ぶ速度をゆるめた。
 そうして徐々に灯りの少ない空間へと高度を下げていった。
 降りていったのは緑の多い場所だ。
 覚えのある香りがする。バラの香り。
 それはマオの自宅にほど近いバラ園だ。通い慣れた散歩コース。まさか空から、しかも天使と降り立つなんて夢にも思ってもいなかった。閉園後で人気はない。
 ちょうどバラの季節。きのうも来たばかり。
 でも夜の閉園後なんて入ったことはない。向き合った天使は見とれるような微笑みを浮かべたかと思うと、バラの香りを胸いっぱいに吸い込んでくるくるとそこで舞い始めた。マオはうっとりとそれを眺める。
 天使はバレエを踊るようにかろやかにうれしそうに舞うともう一度マオのそばに来て笑った。
「マオ、見つけた。」
「え?」
「ずっと上の方から見えた。わたしを見たでしょ。」
 マオはかぶりを振った。
「見てない。見えるわけない。」
「見たのよあなたのここが。」
 そういって天使はマオの胸を指す。
「フラウ」
 そういって彼女はバレエ風におじぎをした。
「名前?」
「そう。」
「見られると?姿を現すの?」
 フラウは首をかしげていたずらっぽく笑っている。
「なにしに来たの?」
「好きなの。」
「なにが?」
「マオみたいのが。」
「きいたことない。」
「なにが?」
「天使が駅に降り立つなんて。」
「そう?」
「見られていいの?」
「まずかった?」
「まずいわよ。大騒ぎよ。」
「そうなの?」
 マオはちょっと可笑しくなった。
 この天使は世間知らずなんだろうか。

「フツウ人前にあんなに派手に現れないもんだと思うけど。」
「わかった。今度からそうする。」
 そういってフラウは無邪気に笑った。
「なんでわたし?」
「天使好きするたましいを持ってる。」
「それってどんな?」
「ひとつ。空が好きでよく空ばかり見てる。そうすると目が合っちゃう。」
「へえ?」
「ひとつ。バラが好きでバラが咲くと必ずバラに引き寄せられる。」
「バラ?」
「バラって天界のものなの。知ってた?」
「ううん。」
「ひとつ。ひとの悪口がいえない。」
「うーん・・・。」
「けんそんすることないわ。ばれてるわ。まだききたい?」
「いえ。それよりあなたのこときかせて。どこから来たの?ほんものの天使?」
「天使っていうのは天から来るものよ。羽根、さわってみる?」
「いいの?」
「ほら。」
 そういってフラウはくるりと後ろを向いた。
 ふさふさした羽毛でしっかりした手応えがあった。フラウは面白そうに羽根をひらいてみせた。
「重くないの?」
「マオは自分の手が重いなんて思う?」
「ううん。」
 フラウは楽し気に笑うと少し羽ばたいて地上10cmくらいを浮遊しながら移動し始めた。
 なんとなくそれについていく。
「家まで行くわ。」
「えっ!!それはやめてよ!家族が卒倒する!」
「見えなければいいでしょ?」
「え?」
 そういうとフラウはすうっと薄く霧のようになって消えていった。
「フラウ?」
 あわててマオは呼んだ。
「いる。ここ。わかる?」
 そういってマオの手をにぎる。
「そんなことできるんだ。」
「いくらでも。自由だわ。わたしがそばにいると見えなくてもわかるわよ。」
「うん。」
 たしかに目には見えないが白熱灯がともっているようなあたたかみと、うっすらとバラのようなよい香りとを感じた。
「いこ。」
 マオは不思議な胸のぬくもりを覚えていた。まるで友達を家に連れて帰るようだ。会ったばかりなのに。しかも天使なのに。

「ただいま。」
 家に帰ると弟のユウが興奮した様子でマオに叫んだ。
「ねえちゃん!津田沼に天使が出たってよ!高校生をさらっていったって。」
 内心ギクッとしながら、とぼけた。
「へーなにそれ。なに言ってんの?」
「ニュースでやってるよ。見てみなよ。」  
 父も母も食卓を囲んでテレビをつけて見入っていた。マオもちょっとドキドキしながらテレビのそばに寄っていった。
「・・模様です。目撃者は多数で連れ去られた少女の身元は不明です。髪は肩までありGパンにグレーのカーディガン。お心当たりの方は最寄りの警察まで・・。」
「ああ、お帰り。」
 母が振り返って言った。
「なにこれ?」
「天使が出て人をさらったとか。エイプリルフールじゃあるまいし。お風呂わいてるわよ。」
「はーい。」
 そういってマオは自分の部屋に引き上げた。
「くっくっくっく。」
 フラウもいっしょになって笑うのを感じた。
「ひとさらいになってるよ。」
「ほんと。姿は見せないほうがいいんだ。」
「あったりまえじゃん。まったく。明日髪、切りにいこ。」
「なんで?」
「変装。」

To be continued…
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# by ben-chicchan | 2005-11-23 16:47 | story