空を歩く

パップー君が住んでいる小さな星*3

 サワジイはいっしょにいるとだれでもぽかぽかとあったかくなって、別れる時はみんな笑顔になってしまうふしぎなおばさんで、ウラの村でざっか屋をやっています。
 パップー君はサワジイがだいすきです。
 村のまんなかの大通りのほぼまんなかへんにサワジイの店はあります。いつも人だかりがしているのですぐわかります。大きなおなかのおじさんのあいだをすりぬけて入ると、いつものようにサワジイの大きな笑い声が店にひびいていました。
 サワジイはおいしゃさんではないのですが、人の顔色がよくわかってなにをたべたら、なにをしたらよくなるかとてもよくしっていました。
 パップー君が入ってきたとたん、サワジイは大笑いをやめました。
「あれあれ、月割り草がしおれたみたいだ。なんかあったかね?」
 パップー君はほっとしました。やっぱりサワジイはたよりになる。
 あったかいお茶をだしてもらうと、パップー君はサワジイに口をひらきました。
「ぼくがせわしてる牛が、プナンのとこのすえっ子のイオをつのでついてけがさせちゃったんだ。プナンはぼくのせいだってこわいかおしてどなりこんできて、かあさんもおんなじにおこった。でもぼくはとめようとしたんだ。イオがぼくの牛をはやしたんだ。それでほんとはおしおきに牛小屋にとじこめられてたのをこっそりぬけだしてきちゃったんだ。」
 まじめなかおになってきいていたサワジイは、大きくうなずいてものすごくたっぷりにっこりしました。そうなんだ。これでいつもなんだかだいじょうぶって気になってきちゃうんだ。
「あんたにいちばんいい方法をおしえてやるさ。」
 にっこりでもうずいぶんこころがかるくなっていたパップー君は思わず身をのりだしました。
「あんたをいちばん好いてくれる木をおさがし。」
「木?」
「どうやったらそれがぼくを好きだってわかる?」
「そんなのかんたんさあ。よんでるからね。」
「よばれるの?」
「そっちへいきたくってしかたのなくなる木がそれだ。」
「ああ。」
「そしたらね、その木のりんかくをていねいになぞってごらん。」
「なぞる?」
「そう、目でなぞる。そうするとその木にとても入りやすくなる。」
「入るの?」
「べつにあなをあけて入れというんじゃない。きもちだよ。そうしたきゃ、だきついたっていい。」
「そうすると?」
「してみたらいいさ。それがあんたの方法だ。」
 それだけいうともう、サワジイはおとなたちの方へむきなおって大きな声でまたしゃべりだしていました。だけど、その前にとびきり大きなウインクをのこしてくれたので、もうなにもきかなくてもいいような気がしました。
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# by ben-chicchan | 2005-05-07 17:55 | story

パップー君が住んでいる小さな星*2

 パップー君は村の人が“かべ”と呼んでいるところに歩いてきました。
 そこはもうずいぶんとむかしにつくられて、今ではもうなんのためにあったのかもわからないけれど、ずっとずっと南から北へ長くのびている石のかべのことです。
 パップー君ははじめてここへ来たときのことを思いだしていました。
「三角帽(さんかくぼう)はちかごろいないな・・。」
 パップー君がここへはじめて来たのはまだ字もよめない小さなころのことです。
 あんまり小さいうちは池にはまってもいけないので、おとなはなるべくとおくへ行かせないようおどかします。
“かべのほうへ行っちゃいけないよ。あのむこうにはこわいところがあるんだから。”
 だけど、だからよけいにこどもは行ってみたくなるのです。
 そして、かべのところでこわいかおをしたおとなに会ったのです。
 でもパップー君にはその人はちっともこわくなく、へんな人だけれどおもしろい人だと思ったのでした。
 その人は三角の黒い帽子をかぶったかみの長いせのひくいおじさんで、ひげがぼうぼうはえていました。きっと見た目にはこわい人なんだろうけど、パップー君はおくのほうの黒水晶(くろずいしょう)みたいな目が、のじかみたいだなあと思って、思わずみつめてしまったのでした。
 パップー君はきいてみました。
「このかべはずっとつづいてるの?どこまでいってもかべがあって、むこうへは行けないの?」
 三角帽はじろっとみるといいました。
「このかべは“ただそれだけのかべ”っていって、たいしたことはない。」
「ふーん。」
 パップー君がそれでもなんとなくかおをみつめているので、三角帽はきまりがわるくなってつけたすようにまたいいました。
「どこまでもあってとても高くて、とてもじゃないむこうへ行けそうにないだろう?」
「うん。」
「だからこのかべにはこう名まえがついている“ただそれだけのかべ”って。」
「うん?」
「ぜったいにむこうへ行けないように見えるかべはほんとうはこんきよくあるいてってみるとあながあいていたり、くずれてたりする。“ただそれだけのかべ”ってことさ。」
「そうなんだ。」
「よっくおぼえときな。」
「うん。」
 そういったきり、三角帽はパップー君がかべにそってあるきだすのをだまって見おくっていました。
 そしてそのことばどおり、こどもの足でもしばらくいくとそのかべにはわれめがあってなんなくそこから出て、パップー君は“ただそれだけのかべ”のむこうのけしきをながめたのでした。
 そこにはこちらがわとおなじような、でもとてもうつくしい丘がつづいていて、草が太陽に光って風になびいていました。パップーくんはすっかりそのけしきが気にいって、星のウラへ行くときはいつもそこをとおるようになりました。
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# by ben-chicchan | 2005-04-25 18:34 | story

パップー君が住んでいる小さな星*1

 パップー君が住んでいるのは小さな星です。
 1日もあればゆっくりひとまわりしてもどってこられるくらい。
 こっちからはむこうをウラって呼んでいるケド、むこうがわもじつはこっちのことをウラって呼んでいます。
 ココとトナリとウラですんでしまう大きさです。

 パップー君はとことこ歩いていきます。ここにはクルマとかいうものはありません。あんまりはやく走ったら行きすぎてしまうから。
 急ぎすぎるとたましいを追いぬいてしまうとむかしからいわれています。
 おばあさんがこどものころ、“なぎさ”に“とおく”から来たひとが流れ着きました。“なぎさ”は決まったところではなく、そうしてどこかからだれかやなにかが流れ着いたところをそう呼んでいます。
 その人がいうには、その人のすむ星はとても歩ききれないほどの大きさで、とてもとても果ての見えない大きな“池”があり、その池のフチを“なぎさ”というそうです。
 パップー君の星にはそんな大きな池はありません。
 とてもとても果てが見えないのは宇宙(そら)くらい。
 そのそらのなぎさに身をよせあってくらしています。
 あんまりその人の星は大きいので、クルマというものにのってびゅんびゅんすごいはやさで動きまわるそうです。
 パップー君には想像もつきません。
 あまりにも宇宙は暗く広いのでとてもさびしく、そのせいかあまり人は人と殺しあうようなケンカはしません。
 そんなケンカをしても、おたがいにほかにゆくところがないくらいこの星が小さいことがよくわかっているのかもしれません。
 
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# by ben-chicchan | 2005-03-31 11:39 | story

はかなきもの

ほんの
100年ほど前でさえ
今はもうだれひとり

激しい
慟哭も
まぶしい
賞賛も

貧困も富も
美も醜も

ふたつに分かてるもの
はかなくみな
平等で

今日にくしみあえるしあわせ
敵ですら在てくれることのありがたさ

明日には露と消えるのに
まるで永遠であるかのように
たたかう

いとしき
はかなき
仕業

足りなさを観ても
うらみを抱いて
くるくるワルツを踊るよゆうはなく

ひとにもたらされるはかなき尊敬を
うらやんでいるほどの時間もなく

けれどもしあわせになるには
じゅうぶんなだけのひろびろとした時は
ここに満ちている

あたまの奴隷から
足のしもべとなって
ただ立ち
ただ歩む

ただそれだけの呼吸の
いとふかき尊さ













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# by ben-chicchan | 2005-03-23 15:55 |

みらいの手

こだわりの蹉跌でできた
あいだったり
にくしみだったり

大事に背負ったそのまぼろしに追われて
輪を踏む
けんめいに
はつかねずみのように
けなげに

ほんとは

なぐる手で
いのりたかった

たたく手で
ほんとは
あたためたかったんだ

手がいたい?
それは
みらいをおもいだしたせい

使うためにあるいのちは
はちきれんばかりに
手をふくらます
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# by ben-chicchan | 2005-03-17 13:25 |

うちなるてのひら

青空がふりしきる

立っていることが
こだまする

てのひらのようなものが
胸の痛みにあきらけくふれた
すきまなくゆるみなく
遥かに受け入れ
果てしなく離れず

泉、湧きいずる

わたしのでもあり
わたしのでもなく

水面、光る
青に照らされて








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# by ben-chicchan | 2005-03-14 00:11 |

黄緑の言葉

逃がした言葉は黄緑色していた
なかなかいかしたやつだったのに

いままでに幾度こうして
黄色い砂漠の地平線の向こうの
地球の淵に落っことしてきてしまったことだろう

のどを滑り
腑に落ちて
目から食べた虹を
爪に均す前に

逃がしてしまう
逃がしてしまう
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# by ben-chicchan | 2005-03-13 22:45 |

始まりの海

真夜中の河は涙を集めて流れている

岸辺に灯る摩天楼も
ほろびの予感
たっぷり含む

星の浮いている夜
夜鳴りが遠い

月のように太ったつめを切っていてきいた

海の服を着て、夜を泳ごう

あの河のゆきつくその先のその向こうは
黒々とひらける玄色の大洋
暗黒ではなく
迷宮ではない
その闇にマグマの緋色をはらんだ
はじまりとおわりのるつぼ
または歓喜

すべてすべてながれゆく
にくむもの
にくまれるもの
さげすむもの
さげすまれるもの

融け合う
あそこで

きのうでもあしたでもないところで
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# by ben-chicchan | 2005-02-28 13:33 |

大和・みたまの水脈をたどる旅*4

 ここまで来て良かったなあという想いに満々と満たされながら、レンタカーをもどさねばならないのでそろそろ下界へ下る。ガソリンを入れたりしていたらちょうどいい案配に昼すぎになった。
 それから電車でふた駅の長谷寺に寄る。ここの観音様はあんぐりと見上げるような巨大さで現在の御本尊は1538年の作だが、そもそもは686年に道明上人に開かれ、727年に西国三十三所観音霊場の開祖である徳道上人がここに十一面観世音菩薩をお祀りした、そうだ。西国三十三所観音霊場第八番だが、根本霊場といわれている。つまりは観音信仰の根本霊場、ということか。
 
 暑かった。おまけにここは駅から一度下って、そして上ル。すきっぱらもあって、くた〜としながらどうにか目指していた門前の田中屋という店へ。三輪そうめんのにゅうめんとたけのこごはんとごま豆腐のセット。ウマイ!エネルギー補給してさらに長谷寺名物、昇りの回廊。その脇が牡丹園だったが、今年は桜に習って牡丹も早かったらしく、終わりかけていた。なごりの牡丹。
 
 長谷寺の魅力はずば抜けて大きい観音様もさることながら、本堂の舞台から広がる景色だろう。
 観音様自体は昇ってきて消耗するのと人が多いのとあって、あまりじっくりとしっとりと向き合える状況にはなかった。だが、舞台に出てその眺めを見下ろした時の感動といったら!
 そこは緑打ち寄せる湾のよう。それもこの時期の緑は上等だ。透き通るようなかえでの黄緑はさえずるようだし、常緑樹も生命の力強い加速度的な成長を内に秘めて、濃い緑色をしながらもさながら燃えあがる蒼い炎のようだ。そしてはるかに稜線。うつくしく埋まる瓦屋根。新緑の中ではひときわ輝き伸びる五重塔。
 なにもかもがこの世の極楽を醸し出している。
 初瀬へと参るいにしえの人々の想いが共有できるようで、しばし浄土に浸っていた。
 最後に大神神社がひかえているので、後ろ髪引かれながら舞台を降り、その長い門前を戻り始める。
 このくらいの登りに耐えられるようになった肉体に感謝。ここはここで大きなところなので、まるで朝の栃尾観音堂が昨日のことのようだ。ここ最近の旅は一日が二日にも三日にも感じられる。
 
 電車で桜井駅にもどって改札を出たところで、真ん前の『大神神社にはバスが便利』とかいう看板が目に飛び込んできた。「えっ?」電車で行くつもりだったわたしはあわてて時刻表を見た。15:40発。
「わっ!ちょうどいい!」
“お待ちしておりました。”といわんばかりにバスがそこに待っている。
 この旅の企画書がどこぞに通り、まるでいろいろとどちら様かが手配してくれたよう。ありがたくその“時の御縁”をいただいて奈良野の大御所、三輪明神の元へと運ばれていった。
 三度(みたび)訪れた大神神社。一度はまだ何も知らぬ20そこそこ。二度はメキシコへ行くことを決めるための極寒のサイクリング。そして今。時は刻まれてゆく。
 
 旅から帰って3日経った今顧みると、この大神神社は実はなんと今回のわたしにとって大きい存在だったことか。わたしにとってどういう存在の神かいまだに把握しきれていない。けだし、この言葉にならない大きさが、たぶんわたしにとっての三輪明神なのだろう。御加護いただき畏みて誠から感謝申し上げたき神である。
 参拝するわたしはなぜか日本武尊であった。尊は柱となって国土へ惑星(ほし)へと三輪明神の功徳をひろげようとなさった。三輪明神とどういうつながりで尊がそこに現れたのかはさだかではないが、この一連の行程の中で自然とそうなった。大和を愛する尊と神であるならば、そこに矛盾はないのかもしれない。
 そして“和”を唱えた聖徳太子。大和(やまと)、とは、大きな和、と書く。“大和し美し。”
 
 願わくは、生まれる前に決めてきた通りにこの生を生きられます様。
 一者から伸びるあらゆる手にすくわれながらあらゆる手とともにこの急流を大海へと流されてゆこう。
 今、これを書きながら「願わくは、」でにわかに胸の血管が詰まるようだった。
 「流されてゆこう」と書いた時にそれは溶けて流れた。
 人のからだは運命のメタファー。その声をきき、地図を読む。
 そうして旅をすればいいサ。ガイドブックももう要らない。

                                    
                           春風吹く 5月
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# by ben-chicchan | 2005-02-28 00:14 | 紀行文

大和・みたまの水脈をたどる旅*3

 ひとつの宿題を終えて、さらに水脈の源流へと遡る。
 街道が交わる下市口のあたりでGW渋滞らしきものと出会うが、十字路を曲がるとそれは解消された。天の川流るる弁財天の地まで高度を上げていく。
 思ったより走りやすい道だった。迷ってたどりつけないこともあるとか、車ですれ違うのはぎりぎりのところがあるとか小耳にはさんでいて、山深い深山幽谷のようなところを想像していただけに、意外。ごくごくよくある明るい山道、だった。
 
 途中道がカーブするところで看板の文字が目に飛び込んできた。
『日本一古い水の神様』
「あっ!」と声をあげて車を止めてもらった。
 そこはちょっと気にはなっていた丹生川上神社下社。ただ、今回は天河というあたまが大きかったので、寄ることはあまり考えていなかったのだ。
車を降りてみて鳥居から望む本殿は、独特の様相をしていた。Kさんは言った。
「龍が昇っているみたい。」
 なるほどそうとってもいいような拝殿から本殿へと続く屋根。まるで背後の山に昇っている龍。そちらの方からまるで清流のように流れてくる気は、下界のちりあくたを流し去っていくようだった。
 実際に近づいてみるとその拝殿には上がることができるようになっていて、その奥に急勾配で本殿に続く階段がそそりたっている。なんというインパクト。本殿をいやがおうにも畏れ多く見上げることになる。
 わたしにとって水、というのは大きなキーポイントなのだが、この水の神(イザナギ・イザナミの子クラオカミの神)のお社はまるでその源泉と出会うような深い印象を刻む場所となった。
 水とつながりの深いわたしは、水の神、市杵島姫とご縁が深い。それは別名弁財天ともいわれることがある。というわけで天河へとやってきた、ということでもある。
 参拝しているとやはりここでもキラキラとしたものがまたたいた。
 思ってもいなかったが、なにかたましいの潤う忘れられないところとなった。

 天河はそこからすぐだった。GWで混み合う道の駅や、黒滝茶屋という土産物屋を過ぎて、長いトンネルをふたつ越すと天川村に着く。あっけらかんとからっとした暗さのない山里に入った。
(ここ?)ほっとするような、拍子抜けするような。
 とにかく14:00なので昼にする。決めていた“おおとり”というログハウスでしめじうどんを頼んだ。うどんは旨かった。おつゆは飲み干したいようなだしのきいた薄味で、入ったしめじはしめじの味がした。
 
 それからいよいよ天河弁財天へ。
 思いのほかフツウ。思いのほか観光地。村の鎮守といった構えに見える。
 たしかに気はつよいものを感じた。けれども本殿でのご参拝では大きなインパクトはなかった。
 ふたりともなんとなく消化不良のまま、来る前に信頼のおける人にもらっておいたアドバイスに従って、あらかじめただ名前だけ聞いておいた鎮魂殿というのに行く。
 社務所できいてみた。
「何を鎮魂されているのですか?」
 すると社務所のひとは
「そこの下の川が禊の場になっていて、おそらく自分の魂を鎮めるということだと思います。」と答えてくれた。にわかにむねの瞳が輝いてきたように想った。
(それは、とてもいい!)
 
 行ってみると、ここも思ったより明るく、何気ないところだった。
 けれども禊場のあるうつくしい流れにかかる橋を渡る時、尋常でない場の気を感じた。たしかにここは禊の場だ。普通の観光客は来ないだろう。誰もいなかった。
 石が敷き詰められた場に立って、拝殿に向かって参拝した。あとでもう一回見た地図によると、この鎮魂殿の後ろの高倉山というのは水晶でできているらしい。それが御神体なのかもしれなかった。だからここが禊の場になったのだろうか?
 拝んでいるとまぶたの裏でゆっくりとうずが回転しだした。はじめは右回り、そして左回りに回転を変え、そしてまた右回り、最後にまた左回りしてうずは消えた。そしてまたキラキラと星のような光がまたたいた。
 最中に鳥の声がしつづけた。行ったり来たりと、行ってしまわないで旋回している。拝み終わって見上げるとすぐ上の木の枝にとまってさえずりつづけている。不思議な感じがした。しばらくそこに立ってその場を味わっていたが、鳥が別の木に移動したので呼ばれるようにそっちへ行ってそこの石に座ってしばらくぼうっとした。
 ここはたしかにどこよりもなにか浄化されるような充電されるようなところだった。
「ここに来るために天河に来たんだね。」ふたりしてうなずきあった。
「ここがなければ、来た意味がわからなかったね。」

 翌朝、まずは宿のすぐそばの栃尾観音堂というところに寄る。ここは知らなかったのだが円空仏が納められていて、大谷屋という宿のおかみさんによると開いていて見られるようだった。
 こじんまりした観音堂、そっと扉を押すと開いた。おお!ほんとに真近で見られる!ガラスで隔てられてはいるが、とてもパーソナルな空間で観音様のお茶の間に上がらせていただいているようだ。般若心経の真言だけ唱えさせていただいて、あとはつくづくお顔を眺めさせていただいた。
 
 笑い顔。ほっぺたがふっくりと笑んでいて、知らず知らずこちらも笑みが浮かんでくる。何か悩み事があったとしても、くっくっくと笑われて、赤面してそれも溶けてしまうような、とてもかろやかでふところの深い明るい笑顔だ。
 弁財天も宿のおかみさんのように笑っている。
 金剛童子は水に洗われたように品よくまろく、護法神像はそういうタッチだけではない深みと激しさも表現されていた。
 これらは円空の激しい求道の果てに天から落ちてきた果実なのだろう。衆生から一歩引いた仏像の多い中、この観世音はこちらへ歩み寄る。三十三通りに衆生に近しく変化してあらゆる衆生を救いたいという観音のこころ、そのままが表現されているようだった。
 暗さ、激しさを突き抜けた円空の成就を感じる。しみた。
 観音堂を出ると、空をはばむ山の緑は屏風を立てたように迫ってくる。うつくしい。ここにもワカモノはいて、家族と何か作業をしていた。この山とともに生きてきた日々、生きていく日々。わたしにはない人生。うらやましいようないとおしいような新鮮なようなほろ苦いような、そんな山椒のようなアクセントを感じた。

 きのう天河弁財天のところから独特の枝ぶりの目を引く大木が見えた。案内によると樹齢1300年のいちょうらしく、寄ることにした。今日もいい天気だ。天気予報によると夜にはくずれてくるようだが、いい日ざしが午前中のきれいな光を届けていた。
 大木は素晴らしかった。見上げるとちゃんと小さないちょうのかたちをした若葉が大樹の老成した幹には不釣り合いのようでいて、いとおしくまぶしい。
 帰りかけて弁財天の鳥居を目にしたら急に寄ろうという気が湧いた。朝の光と気の中での参拝はまた違ったものもある。鳥居に近づくと昨日よりもその気は強く感じた。
「鎮魂殿に行ってきたしねえ。」と顔を見合わせる。
 階段を昇り切る頃、ご祈祷の音がしてきた。小走りに御前へと罷り出る。ひとりの男性がご祈祷を受けているところで、有り難くご相伴させていただく。そのあまりのうつくしい祝詞の声音にスイッチが入る。
 合掌して立っている足元から細い小さな白い蛇が立ち昇ってくるようだ。ゆらゆらと。まるで海の中の海蛇のように宙を。
 自分もすこし。自分のまわりの人々、そして世界へ。届け届け、この捧げもの(ご祈祷)が。自分は拡声器(中継機)になったつもりで、このご祈祷を通そうと想った。
 そしてなんと、神職さんはのたまう。「般若心経〜・・。」独特の祝詞風に聞き覚えの有るお経が奏でられていった。ぞくぞくう〜。涙みたいのがきらきらと自分の細胞に湧いてくる。トリハダもの。3度ほどもそれは繰り返された。
 今、とても近しいものとなっている般若心経。今回は気がつけば観音菩薩の旅でもある。救世観音、栃尾観音、長谷観音。聖徳太子は救世観音の生まれ変わりともされている。同行二人というが、それはわたしたちには今、観音様との同行二人かもしれない。まさか天河弁財天で般若心経を聞くとは・・・。じーんと内に反響を覚えながらこの邂逅に感謝した。

To be continued・・・
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# by ben-chicchan | 2005-02-28 00:06 | 紀行文